心の治癒と魂の覚醒

        

霊界や生まれ変わりは果たして存在するのか?


 これから、「霊界と生まれ変わりの真実」という新たなカテゴリーをもうけて、この問題について論じていきたいと思います。すなわち、霊界だとか生まれ変わり、また、カルマの法則というような、宗教やスピリチュアルの教えの屋台骨ともなっている考え方が、果たして真実なのかどうかを考えていきたいと思うのです。
 ただ、結論はもう出ています。
 それは、「わからない」です。霊界や生まれ変わりが存在するという主張もあれば、存在しないという主張もあります。私はそのどちらにも耳を傾けてきました。しかし、両者とも説得力がありません。確実に存在するという証拠も、存在しないという証拠もないからです。今後、そうしたものが存在する(あるいは存在しない)ことを、科学的な客観性と実証性をもって証明される日が来るかもしれませんが、それまでは「わからない」とするのが、もっとも妥当な見解ではないかと思います。

 では、いったい何のために、このようなテーマを論じていくのかという理由ですが、わからないものをわかっているかのように思い込んでしまう、人間心理の問題点を指摘したいためです。宗教やスピリチュアルを信奉する人は存在すると信じ込んでいます。そうしたものを存在しないと主張する人たち(科学者と呼ばれる人が多いですが)は、存在しないと信じています。両者とも「信じている」という点で問題があるのです。
 客観的でしっかりしたデータに基づいて論理的に思考した上で、何かの存在を認めたり認めなかったりするのが科学的な方法であり、科学者の役目だと思うのですが、霊的なことを否定する科学者たちは、ろくに研究もせず、自分たちの科学観に合わないという理由だけで頭から否定しています。これは科学的な態度ではありません。わからないものを肯定するのも否定するのも、ともに「盲信」です。盲信していたら、科学の進歩は望めません。
 たとえば、電波が発見されていなかった時代、電波で遠く離れた人どうしが会話できると主張した発明家を、周囲の人は頭がおかしいと言って精神病院に連れていこうとしたというエピソードがあります。あるいは、二十世紀初頭に発見された量子の存在は、これまでの物理学の常識を根底から覆すものでした。もし今までの考え方ではありえないから存在しないのだとしたならば、私たちは今日、携帯電話など持っていなかったでしょうし、量子物理学といった分野も生まれていなかったでしょう。「盲信」は、科学の発展を妨げるのです。
 もしかしたら、霊的な世界は存在するかもしれません。それが科学的に証明されたら、人類は新たな文明の進歩を踏み出すことになります。

 ところが、このように主張すると、科学者たちは、「存在するという証拠がなければ、存在しないと決めてよいのだ。存在しない証拠を見つける必要はない」と言ったりします。
 私はそうは思いません。たとえば、むかし、この空間には「エーテル」と呼ばれる未知の物質が充満していると考えられていました。光はそのエーテルを媒体として伝わると考えられていたのです。多くの科学者がエーテルを発見しようと必死にがんばっていました。ところが、マイケルソンとモーリーという二人の科学者が、エーテルは存在しないことを実験によって証明しました。そうして科学者たちは、エーテルという存在しないものを追いかける無駄な努力から解放されたのです。
 同じように、霊界だとか生まれ変わりといったものが、存在しない(とすればですが)ことが科学的に証明されていないから、つまり、あいまいでわからないままだから、そうしたことを信じている人がたくさんいるわけです。また、そうしたものを商売にしている人たちがたくさんいて、おかしな宗教やカルトが社会に害悪を撒き散らしているわけです。
 もしも科学的に存在しないと実証されれば、そうした弊害はなくなり、私たち人類は盲信からひとつ目覚めることができます。そうして、新たな可能性の段階に向けて進んでいけるわけです。ですから、「存在しないことを証明する」という試みは大切なのです。

 もちろん、ここでは、存在する証拠も、存在しない証拠も提示することはできません。ただ、霊的な事柄を盲信している人に対して、「そうしたものは存在しない可能性がありますよ」ということを伝えていきたいと思っています。否定ではなく、疑わしいと言いたいのです。
 そうして、そのようなあいまいなことに依存しない、新たな生き方を求めていくべきだと思っているのです。それこそが、おそらくは人類の意識進化の次の段階だと思うからです。
 けれども、こうした記事はあまり人気がないと思います。
 というのは、人間は結局、信じたいものを信じる、という特性があるからです。「わからないもの」は正直に「わからない」とするべきなのに、それを根拠なく信じたり、あるいは否定したりするのは、信じたいから信じるのであり、否定したいから否定しているに過ぎません。
 そのため、「肯定も否定もできないですよ」と主張することは、どちらの側にとっても、その人たちの「欲求」に水を差すことになります。だから、煙たがられたり、憎まれたり、あるいは無視されたりするのではないかと思います。たとえるなら、甘美な夢を見て眠っているのに、たたき起こすようなものだからです。
 キリスト教を信じている人は、キリスト教が真実だから信じているわけではなく、キリスト教を信じたいから信じているのです。仏教も、その他の宗教も同じです。何らかの面で自分の欲求を満たしてくれそうだと感じたから信じたのです。そして、その後で「この宗教は真実だ」などと、あれこれ理屈づけを考えていき、自分の信じる宗教は真実なのだと一生懸命に自分を説得しようとするのです。悪く言えば、自分で自分を洗脳しようとするのです。
 霊界も、生まれ変わりも、カルマの法則も同じです。そうしたものが存在したらいいという期待や欲求があるから、信じるようになったのです。信じると、ますます真実のように思えてきます。それは錯覚なのですが、錯覚とは気づかないのです。洗脳だからです。
 もちろん、これは私の考えです。私の考えが真実かどうかもまた、わかりません。

 人は自分の信じているものを否定されると怒ったり不安を覚えます。感情的に乱されます。それは自分の欲求が否定されたからです。それはアキレス腱(弱点)です。弱点を攻められるのは脅威なので、自分の教えを否定する人や疑う人を避けたり、あるいは攻撃したりするのです。
 そのように、避けたり攻撃したりするような状態では、とても意識レベルが高いとは言えないでしょう。人類に戦争がなくならない原因もそこにあるのだと思います。
 これが「信じること」の弱点であり弊害です。
 あえて、信じることの恩恵を言えば、精神安定剤を服用したときのように、一時的に不安を和らげてくれることです。それはそれでまったく意義がないとは言いませんが、それには依存性(それがないと苦しくなる)があり、副作用(不安を麻痺させるだけでなく、人生で大切なその他の感覚も麻痺させてしまうなど)があります。
 したがって、精神安定剤が「治療薬」ではないのと同じように、信じること、すなわち信仰は、根本的な救いにはならないのです。救われたような錯覚を起こさせるだけです。総合的に考えれば、依存性や副作用の弊害の方が大きいと思います。
しかし「わからないのだ」ということを受け入れることのできる意識であれば、怒りも不安も生じません。争いも起きません。もともと何にも依存していないので、依存性も生じなければ副作用も生じません。薬に依存している限り健康とは言えないように、信仰という精神安定剤の服用をやめない限り、私たちが真に健康になることはないと思います。松葉杖をついている限り、歩くことはできません。それどころか、ますます筋力が衰えて歩けなくなってしまいます。
 「良薬は口に苦し」と言いますが、いい気分にさせてくれる精神安定剤のような信仰よりも、苦味を与えてくれる考え方の方が、人を覚醒させ、本当の救いをもたらしてくれる可能性があると思っています。
 何ものにも依存しない意識こそが、これからの時代に向けてめざしていくべき方向だと思うのです。それが真の意味での「霊性の進化」ではないでしょうか。


*次回から、本題に入っていきます。まずは「霊界は妄想であり存在しない(可能性がある)」という点について、そう考える根拠を紹介しながら説明していきたいと思います。
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コメント

真摯ですね、盲信より尊い事です 感銘を受けました
疑とはやみくもな信も含みますから、前提で進んでしまう事をわざわざ熟考するのは骨が折れるし、なにより勇気のいる事ですよね

ある…ない…はどの境地(正確に言うとポイントですらないのですが)から語るかによって違うように思います
悟ったら輪廻はないですし。よく言われるように、私が悟る訳ではなく、悟りが(私という幻想)から目覚める
悟り…その時に諸法無我、エゴの不在がありありと顕れる、あなたという探求者が消える、この文字もあなたという現象の顕れの一部です
2017-08-08 Tue 14:11 | URL | hi [ 編集 ]
斉藤啓一です。hiさま、コメントありがとうございました。「私が悟る訳ではなく、悟りが(私という幻想)から目覚める」、この言葉は本質をとらえていると思います。まさに空を端的に表現したものだと思います。
参考になる貴重なコメント、ありがとうございました。
2017-08-08 Tue 14:30 | URL | [ 編集 ]

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