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心の治癒と魂の覚醒

        

人類の未来


 まずはご報告とお知らせから。
今月のイデア ライフ アカデミー瞑想教室は、「シュタイナーの瞑想法1」というテーマで行いました。シュタイナーの瞑想法とは、霊能力の開発、言い換えれば、生きたまま霊界(アストラル界)へ参入する能力を開発するための瞑想法です。しかしその瞑想法は「人格の向上」に重点が置かれています。人格の向上なくして霊能力は開発できず、できたとしても邪道に陥るというのがシュタイナーの考え方です。シュタイナーは、時間と忍耐を要するが、安全かつ確実な霊能力開発法を説いています。今回はその前半を解説しました。とりあえずダイジェスト版をご覧になってください(詳細に知りたい方は完全版をお求めください)。
→動画視聴

来月は続きである「シュタイナーの瞑想法2」を行います。
参加ご希望の方は「斉藤啓一のホームページ」より

 では、本題に入ります。
 私たち人類は、非常に高度な科学技術や文明を発展させてきました。そのおかげで私たちの生活は便利になり、快適になりました。
 そのような文明発展の原動力となったものは、何でしょうか?
 一言で言えば、「欲」です。より豊かな生活、より便利な生活、より苦労のない生活、より美しい生活、そういった生活を求める欲望です。
 こうした欲があればこそ、私たちは文明の恩恵に浴していられるわけです。
 しかし、欲にはきりがありません。
 年収300万円の人は「500万円あったらいいのになあ」と思います。しかし実際に500万円稼げるようになったら、今度は「年収1千万円あったらなあ」と思います。年収1千万を稼げるようになったら、今度は2千万、3千万、……となっていきます。「さすがに1億円あったら、もうそれ以上はいらない」と思うかもしれません。しかし実際に1億円稼げるようになったら、今度は2億、4億、10億、100億となっていくのです。
 もちろん、普通の人はそこまで稼げません。年収300万円の人が1千万円稼げるようになる可能性はありますが、そのために過酷な労働、残業、ストレスなどによって「本当はもっと稼ぎたいけれど、こんなに苦労してまでもう稼がなくてもいいや」となって、ある時点で妥協するのです。
 しかし、ビジネスで成功した人とか、芸能人やスポーツ選手で成功した人などは、億単位のお金を簡単に稼いでしまいます。しかし、いくら稼いでも「もっと欲しい」となるのです。
 要するに、よほど道徳ないし宗教的な素養を持っていなければ、欲にはきりがないのです。どんなに大金を持っても「もっと、もっと」となるのです。医学の見解によれば、お金を儲けたとき、脳の麻薬ホルモンのようなものが分泌されるらしいのです。つまり、どこまでもお金を欲しがる人は、ある種の麻薬中毒になっているのかもしれません。

 いずれにしろ、欲にはきりがない、というのは、人間の本性のようです。
 しかし、ここで問題があります。
 人類すべての人が、いわゆる先進国並みの豊かな生活ができるほど、地球には資源がないということです。中国人やインド人のすべてが、そこそこ立派なマンションに住み、クルマに乗り、肥満になるほど美食することはできないのです。しかし、それをしようとしているのです。
 すると何が起きるかというと、「搾取」、つまり「モノの奪い合い」です。それは巧妙な政治的ないし経済的な奪い合いかもしれませんし、戦争のような物理的な破壊による奪い合いかもしれませんが、いずれにしろ搾取という、人間として恥ずべきことが起こります。その結果、食べることができずに餓死する人がますます増えていくのです。
 私たちのすべてが贅沢をやめて質素な生活をすれば、地球上に餓死する人はいなくなるでしょう。しかし、一度味わった贅沢な生活を捨ててまで、飢えて餓死する人を助けたいとは思わないのです。せいぜい、多少の寄付をする程度です。

 これから中国やインドという巨大な国民を抱える国が、ますます経済力をつけて、モノを大量に消費しようとしています。先進国は「持続可能な社会の実現」と叫んでいますが、よほど革新的な技術が生まれない限り、それは不可能だと私は考えています。私たち先進国の贅沢な暮らしは、貧しい国の人たちを、ただ同然でこき使い、アフリカなど、飢えて死んでいく子供たちを見殺しにしているうえに成り立っているのです。

 では、このままいったらどうなるのでしょうか?
 やがて地球の資源は枯渇することだけは確かです。すでに「異常気象」という現象で、その兆候が現われています。そのあげく、作物が不作となり、戦争が起きて一部の人だけが生き残る世界となる、というシナリオがひとつです。
 あるいは、何らかの方法で、人類そのものを削減するか、です。これは陰謀論の領域になってしまいますが、もうこれ以上、地球は人類の増加に持ちこたえられないことは、専門家の間では常識(ただし口に出してはいけない不都合な真実)なので、大きな権力をもった人たちが、人類を削減する何らかの計画を秘密裏に立てている可能性も、あながち否定できないと思っているのです。
 あるいは、地球以外の星に移住するかです。実際、月や火星に移住するという計画が進行中です。しかし、これにはまだまだ時間がかかります。それまでに地球は住めなくなるでしょう。ぎりぎり移住できるようになったとしても、移住できるのは、ほんのわずかな富裕層だけでしょう。

 どう考えても、人類の未来は明るいとは言えない、あからさまに言えば、絶望的なのです。よほど革新的な技術が生まれれば別ですが、さもなければ、地球上に平等な豊かさや平和が訪れることは、期待できません。これからの私たちに待っているのは、試練に次ぐ試練、苦難に次ぐ苦難です。これは覚悟しておいた方がいいと思います。
 私は何も、いたずらに皆さんを不安にさせようとしているのではありません。私は楽観主義者でも悲観主義者でもありません。ありのままを見つめる「現実主義者」であると自分では思っています。そんな私がいろいろ調べ、よく考えた結果、どうしても上記のような結論にならざるを得ないという結論に達したのです。

 ならば、結局、私たちはどうしたらいいのでしょうか?
 それは各人が決めることなので、私がとやかく言う筋合いではありません。ただ、あくまでも参考のために、私の生きかたを紹介させていただくなら、まず、贅沢な暮らしはやめます。というより、贅沢な暮らしなどすでにしていないような状態なのですが、それを今後も貫いていきます。要するに、なるべく欲を出さないように生きる、ということです。たとえばビフテキなどは食べません(もともと肉は好きではないので食べませんが)。一頭の牛の肉を製造するには、何人もの人を養える量の穀物が餌として必要になるのです。人類すべての人が牛肉を食べずに、そのぶんの穀物を飢えている人に差し上げれば、かなりの餓死者を救うことができると言われています。牛肉を扱って生計を立てている人には申し訳ありませんが、全体のことを考えるなら、仕方ありません。
 もちろん、私ひとりがこんな生き方をしても、何も変わらないでしょう。しかし、私の生き方を誰かがマネしてくれて、そういう人がひとり、またひとりと増えていけば、「もしかしたら」という、あわい希望の光も芽生えてくるかもしれない。そんなふうに思っているのです。
 人が贅沢さを求めるのはなぜかというと、結局、心を満たしたいからです。しかし、心を満たすのはモノばかりではありません。精神的なものでも心は満たされますし、むしろモノよりもずっと満たしてくれます。精神的に満たされれば、無理せずとも贅沢などしようとは思わなくなります。
 そのように、精神的に満たされるための、ほんのわずかな手助けでもできればいいと思って、イデア ライフ アカデミーという教室を開いているのです。
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人類の精神性は進化しているのか?

 今月のイデア ライフ アカデミーは、ドイツ・オーストリアの神秘家ルドルフ・シュタイナーの代表的著作『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』を取り上げます。この本は、いわゆる「霊視力」の養成法、言い換えれば霊界(アストラル界)への参入方法、そのためのチャクラの覚醒法について書かれた本です。
 チャクラの覚醒法というと、一般にはクンダリニー・ヨーガが有名で、尾てい骨に潜むクンダリニーという強大な生命エネルギーを覚醒させて脊柱を上昇させ、その過程で人体に7つある霊的中枢「チャクラ」を覚醒させていく、というものです。そのために、アーサナ(体操)、呼吸法、瞑想、マントラといった、具体的なテクニックを駆使して成就しようとします。
 この方法は、チャクラを覚醒する上では最短距離とも言えるのですが、すぐれた師匠の指導のもとで厳格に修行しないと無理です。いい加減な師匠についたり、あるいは独学でやっても無駄であるばかりか、心身の健康を損ねてしまう危険が潜んでいます。
 しかし、シュタイナーの方法は、そのような危険と隣り合わせのテクニックを用いません。精神的な訓練、ひとことで言うと、徳を高め人格を向上させることによってチャクラを覚醒させようとする道です。これはかなりの時間と忍耐強い持続力を要しますが、ほとんど危険なく、確実な方法です。師匠がいるのが理想ですが、師匠がいなくても独力で歩むことができる道です。
 イデア ライフ アカデミーは、霊能力の開発はめざしていません。めざしているのは人格の向上(魂の覚醒)です。今回のシュタイナーのこの道は、霊能力の開発であると同時に人格向上のための修行でもあるので、取り上げたのです。とても深く参考になる教えが凝縮されています。なので、ぜひこの思想を皆様に知っていただきたいと思ったのです。授業は7月16日/17日です(両日とも同じ内容なので、いずれかご都合のよい日にいらしてください)。興味のある方はぜひ教室で共に学びましょう。
→参加申し込み

 ところで、話は変わりますが、シュタイナーは生涯、6千回にものぼるといわれる講演や、多くの著作を残しています。64歳の若さで亡くなっていますが、そんな短い期間にこれほど膨大な教えを残した人は、過去にほとんどいないのではないでしょうか。まさに天才の中の天才です。
 そうしたシュタイナーの活動の目的は、「人類の霊性(精神性)の進化」でした。当時は第一次世界大戦などが起きていたりして、そうした背景もあってか、人類が霊的(精神的)に進化しなければ、人類は破滅に向かってしまう、という危機感を抱いていたようです。実際、彼の死後、第二次世界大戦が勃発し、日本に核爆弾が落とされました。そしてそれから今日まで、アメリカ、ロシア、中国、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮、その他、核を所有する国が増え、現在、地球上に何千発もの核爆弾が存在するようになりました。これは地球を何回も破壊できるほどの数です。
 しかし、これではいけないというので、反核運動が世界中で起こったり、アメリカとロシア(ソ連)との間で核爆弾を減らす条約が成立するなど、一時は、このまま核のない平和な世界が実現するかもしれない、と思わせるような時代も、短い期間でしたが、ありました。少なくとも、核戦争が起こったり、ナチスによるユダヤ人の大量虐殺といったことは、もう人類史において二度と起きたりはしないだろうというのが、多くの人の見解だったように思われます。

 ところが、そんな見解は、このたびのロシアによるウクライナ侵略で、あっけなく壊されてしまいました。ロシアはあからさまに核兵器の使用をちらつかせ、かつては核戦争などというものは、映画や小説の中だけの話だと思っていたのが、核戦争の脅威について専門家がまじめに論議するまでになったのです。いったい誰がこんな時代の到来を予見できたでしょうか。
 こういう状況を見ると、人類の精神性は、ほとんど変わっていない、むしろ悪くなっているのではないかとさえ、思えてしまいます。まさにシュタイナーの予見したように、人類の精神性が進化しない限り、人類は破滅してしまうに違いありません。

 それにしても、今回のシュタイナーをはじめ、約2千5百年前の釈迦から、モーセ、イエス、ムハンマド、孔子、老子、その他、数え切れない聖者たちが誕生してきて、人類の精神性を進化させるべく懸命に努力したのに、私たちは今なお、こんなありさまなのです。人間は、なんと救いがたい、深い業を持っていることでしょうか。これからあと何人の釈迦やイエスのような聖者が出てくれば、人類は戦争をしなくなるほどに精神性が高まるのでしょうか?。
 それとも、いくら聖者が地上に現われても、戦争のない平和な地球にすることは、根本的に不可能なのでしょうか?
 一度、徹底的に痛い目に遭わなければ、人類は目覚めないのでしょうか? しかし、「痛い目」なら過去に何度も経験してきました。そして確かにそのときは「もう戦争なんて二度としないようにしよう」と思ったはずなのですが、時間がたつと「喉元すぎれば熱さを忘る」と言われるように、また同じことを繰り返しているのです。

 個人としては善い人がたくさんいるのに、「人類」という大きなかたまりとなると、まったく救いがたいものとなってしまうのです。
 人類を破滅に向かわせるのは、戦争だけではありません。環境問題もあります。戦争はやめようと思えばすぐに止められますが、環境の悪化は、すぐには食い止められません。たとえば、今すぐ大気や海を汚さないようにできたとしても、大気や海がきれいになるには、何十年も何百年も先になってしまいます。その間、私たちは異常気象に苦しめられることになります。しかも「今すぐ汚すのをやめた」と仮定してもです。実際には、汚染はどんどん進んでいます。こういう点から見ても、人類は自分で自分の首を絞めているわけです。まったく絶望的な気持ちになってしまいます。

 イデア ライフ アカデミーも、基本的にはシュタイナーと同じ考え、すなわち、「人類が精神的に進化しなければ滅亡してしまう」という考え方のもとに運営しています。しかし実際には、自分の精神性を進化させようなんてことに興味がある人など、あまり多くはないのです。それよりも、モノやカネ、有名になること、楽しいこと、快楽を得ること、そんなことの方がずっと好きなのです。そして、そういうセミナーなどに人気が集まっているわけです。「人格の向上」を掲げているイデア ライフ アカデミーなどに関心をもってくれる人というのは、本当に少ないわけです。世間一般の人から見たら、カネにも名声にもならないこんな教室を開いている私などは、変人か、馬鹿か、お笑い者か、さげすみの対象ということになるでしょう。

 しかし、これが私の道だと思っていますので、私はこの道を歩み続けるしかありません。もちろん、言うまでもありませんが「人類の精神性を進化させて人類を救おう」なんてことは、まったく思っていません。過去の何人もの聖者たちができなかったのに、聖者でもなんでもない、吹けば飛ぶような、いえ、吹かなくても飛んでしまうような、ちっぽけな私に、いったい何ができるというのでしょうか。
 とはいえ、たとえ1センチでも、いえ、1ミリでも、いえ、1ミクロンでも、世の中をよい方向に変えることが、もしかしたらできるかもしれないという、淡い期待を心のどこかに持ちながら、それを支えにして、毎回、苦心しながら授業の準備をして教室を開いているのです。

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戦争に反対する勇気


 まずはご報告から。
 今月のイデア ライフ アカデミーの授業は瞑想教室で、「死と向き合う」というテーマで行いました。死と向き合うとき、私たちは生と向き合い、人生が充実してくるのです。人はいつか死にます。いつ死ぬかわかりません。ですから、いつ死んでもいいように、準備をしておくことが大切です。そうすることによって、結果的に人生が充実したものになるでしょう。ぜひダイジェスト版をご覧ください。
 動画視聴

 では、本題に移ります。
 ロシアとウクライナの戦争は、長期化の様相を示してきました。皆様ご存知のように、この2カ国の戦争の結果によって、将来、中国による台湾侵攻が起きるかどうか、大きな判断材料になるということです。言い換えれば、「力による現状変更」、要するに武力によって他国をのっとるということがゆるされるような世界になりかねないということです。そうしたら、日本も危なくなるでしょう。その意味で、このロシアとウクライナの戦争は「対岸の火事」ではなく、世界の命運がかかっていると言っていいと思います。

 なので、今後もまだしばらく緊張の毎日が続くと思うと気が滅入り、この大きな問題が解決するまでは、このブログも本来のテーマについて書く集中力がどうしてもそがれてしまうのです。万が一にも日本が戦争になったら、悟りだとか解脱などとは言っていられません。いつの時代もそうですが、宗教的な修行に専念するには、何よりも前提として、国が平和でなければ無理なのです。

 宗教といえば、プーチンと仲のいいロシアのギリシア正教の最高指導者が、今回のウクライナ侵略を支持していると聞いて、あきれてしまいました。うわさによれば、彼はプーチンの配慮によって豊かな財産を築いており、高級腕時計をしているとのことです。これが、「清貧」を美徳とするキリスト教徒のすることでしょうか。
 しかしその一方で、今回の戦争に反対の声をあげている地方の聖職者も少数ながらいるようで、その勇気に感服すると同時に、真の聖職者もまだいるのだと少し希望がもてました。しかし、ほとんどの人は、おそらく内心では反対なのでしょうが、表だっては反対の声をあげずに、だんまりを決め込んでいるようです。無理もありません。プーチンに逆らったら、追放されるならまだいい方で、監禁されたり拷問されたり殺されたりするかもしれないからです。今、その反対の声をあげた聖職者が無事であることを祈るばかりです。

 もし私だったら、拷問や殺されるのはイヤですが、追放くらいなら、反対の声をあげると思います。別に聖職者の職を奪われても、どんな仕事でもして生計を立てればいいのです。それよりも、これまで培ってきた正義と愛という信仰が、単なる偽物にすぎなかったということになるよりは、ずっとマシだと思います。それは、今までの聖職者としての人生の否定を意味します。
 非常に高い境地に達した真の聖職者なら、死ぬことさえ怖れないでしょう。死ぬ恐怖よりも、正義や愛、真理、そして、イエス・キリストへの愛の方がはるかに強いからです。
 こんな真の聖職者たちが大勢いて、いっせいに声を上げたならば、戦争もなくなると思うのですが、現実は残念ながらそうではなさそうです。

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ウクライナ侵攻とノストラダムスの予言

 まずはご報告とお知らせから。 
 今月のイデア ライフ アカデミー哲学教室は、「イスラム神秘主義 スーフィズム 2」というテーマで行いました。ややマニアックな内容ですが、あらゆる宗教思想のエッセンスともいうべきスーフィズムの教えの本質をかいまみることができると思います。ぜひダイジェスト版をご覧下になってみてください。
動画視聴→

 来月の瞑想教室は「死と向き合う」というテーマで行います。人間は死を自分のことのように自覚したとき、新たな価値観に目覚め、生き方が大きく変わることがあります。人はいつか死にます。死ぬ前にぜひ人生を変えましょう(笑)。
参加ご希望の方は「斉藤啓一のホームページ」より

 では、本題にはいります。
 やはり連日、気になるのはウクライナ侵攻のことです。これが遠い地域だけに限定された問題であれば、心は痛めても、日々の集中力が乱されることはありませんが、今回のウクライナ問題は、今後、もしかしたら世界のありかたを大きく変えてしまう可能性があるので、気になって仕方ありません。単に物価が上がるとか、その程度ではありません。人類史を大きく変えるような、まさに歴史的な分岐点に、私たちは遭遇しているのかもしれないのです。

 この戦争は、いったいどんな結末を迎えるのでしょうか。テレビやネットニュースなどで専門家の意見をいろいろ見たりしていますが、どの人も「わからない」と言っています。プーチンは、彼の性格から、絶対に負けを認めないでしょう。もし劣勢に立たされたら、核兵器の使用も躊躇しないと思います。ウクライナを侵略した理由について、プーチンや、その他の人たちがいろいろ言っていますが、私はそうしたことは上っ面の理由にすぎず、プーチンがめざしているのは、ソビエト連邦の再興であり、彼はそうして「皇帝」になることではないかと思っています。要するに野心です。たった一人の病的で自分勝手な野心のせいで、何の罪もない何万人という人が殺され、家を破壊されている光景を見るたびに、人生の不条理と悲しみと憤りを覚えます。

 今回のウクライナ侵略にプーチンが勝利をおさめたとしても、やがて彼は別の国に侵略するでしょう。しかし、さすがにそんなことをくり返していたら、NATO、欧米は黙認できないでしょうから、戦争が勃発すると思います。欧米が束になって攻めたらロシアに勝ち目がありませんが、そのときプーチンは核兵器を使うでしょう。そうなると世界的な核戦争が勃発して人類は滅亡です。

 一方、ロシアへの経済的制裁がしだいに効いてきて、ロシアは戦争ができなくなるという説もありますが、今のところ、ロシアはそれほど制裁は効いていないようです。むしろ、その他の多くの国の方が打撃が大きいようです。そうなると、ロシア制裁への足並みが乱れて、ロシアを支援する国も出てくるでしょうから、結局、ダメージを受けるのは、ロシアよりも、ロシアを制裁した欧米や日本という結末になりかねません。そうなると、世界の国々は互いに分裂し争い合うようになり、もうめちゃくちゃになってしまうのではないかと危惧しています。
 とにかく、世界が一刻も早く平和になることを祈るばかりです。

 ところで、余談になりますが、オカルト雑誌『ムー』は、毎年年末になると「来年の予言」というテーマで、何人かの霊能者や占い師が来年の出来事を予言するという企画があるのですが、果たして今回のウクライナ侵略を予言した人がいるかどうか、バックナンバーを見てみたのですが、誰も予言した人はいませんでした。
 一方、ノストラダムスの「1999年、7の月。空から恐怖の大王が降ってくる。アンゴルモアの大王をよみがえらせるために。そのとき火星は平和の名の下に世界を支配するだろう」という有名な予言がありますが、予言された年月ははずれたとはいえ、その他のことは、近い将来、的中するかもしれません。
 すなわち、「恐怖の大王」とは、核ミサイルのことでしょう。「アンゴルモア」とは、「モンゴリアン」の並べ替えで、つまり中国人のことではないかと思います。「火星」は占星術では戦争の象徴ですから、「平和の名目で戦争が行われるという」ということになります。以上をまとめると、ロシアと欧米が「平和の名のもとに」核ミサイルで撃ち合うことで国が弱体化して、その結果、中国が国力を増して超大国となり、世界を支配する、ということになるのではないかと思ったりするのです。
 軍事的にも経済的にも大国になった中国は、ロシアや北朝鮮、その他の国とともに、台湾を侵略し、次に日本に侵略するかもしれません。アメリカはおそらく守ってくれないでしょう。抵抗して戦っても、街は破壊され、民間人は、拷問され、レイプされ、殺害されるでしょう。戦わずに最初から降伏したら、命だけは助かるかもしれませんが、日本語を使うことを禁止され、中国語を話さなければならなくなり、言いたいことも言えず、習近平の肖像画を家庭に飾ってカルト教祖のように拝まなければならなくなるかもしれません。果たして、そうまでして生きている価値があると言えるでしょうか。
 これと同じ状況に追い込まれているのが、今のウクライナの人々なのです。決して、他人事ではないのです。未来の日本の姿かもしれないのです。

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ロシア軍のジェノサイドについて

 ご存じのように、ロシア軍はウクライナの市民に対してジェノサイド(大量虐殺)を行っているのが判明しました。しかも、単に殺害するだけでなく、凄惨な拷問などをして殺していたりするのです。
 こうしたジェノサイドを、プーチンが把握していないはずはありません。積極的にジェノサイドを命令したかどうかまではわかりませんが、もし把握していれば、それを禁止する命令は出せたはずです。ですから、少なくともプーチンは、ジェノサイドを容認していると思われます。まあ、自分の言うことを聞かない人間は平気で毒殺してきたような人間ですから、市民が何人死のうと、何とも思わないのでしょう。

 ロシア軍のこうした残虐性は、80年近く前の第一次大戦以来、何も変わっていません。当時も残酷なことを市民や捕虜にしました。そしてプーチン大統領になってからは、一方的に次から次へと領土に侵略しています。シリア侵攻のときは、市民に対して非人道的な化学兵器が使われたと言われています。
 そんなプーチン大統領の支持率が8割に達しているというのは、驚きです(これに関しては調査方法に問題があって信頼できないとも言われていますが、それを考慮しても、かなりの支持率があることは間違いないようです)。特に、国営放送しか見ないような中高年層はプーチンを支持する傾向が強いようです。国営放送はプロパガンダ、言い換えれば「洗脳」を目的にしているので、多くの人が洗脳されてプーチンは正しいことをしているのだと、信じ込まされているのです。彼らに、ウクライナ市民が虐殺されていると告げても、なんだかんだ言い訳して、プーチンの正当性を疑おうとはしないのです。人間というものは、とりわけ歳をとるにつれて、こんなにも洗脳されやすくなるのかと思うと、まったく暗澹たる気持ちになります。あるいは、一度「プーチンは正しい」と思い込むと、それを変えることが容易ではなくなるのかもしれません。歳を取ると身体は硬くなりますが、心も硬くなってしまうようです。これは老害です。

 もっとも、市民を凄惨に殺害するという傾向は、ロシアに限ったことではないように思います。日本もかつて中国に侵略したとき、中国市民に対して残虐なことをしました。たとえば、妊婦の腹を切り裂いて胎児を取り出して喜んでいた兵士がいたことなどが報告されています。まったく気分が悪くなる話で、どうすればそんなことができるのか不思議で仕方ありませんが、殺すか殺されるかという極限状況におかれると、人間は理性も良心も失って、頭がおかしくなってしまうのかもしれません。
 それでも、戦争が終わり、自分のしたことに対して良心の呵責を覚えたかなりの数の兵士が、自殺しているという調査結果もあります。

 たぶん、ロシア軍が行ったジェノサイドの犠牲者の数は、今後、調査が進むにつれて、さらに増えることは間違いありません。まったく恐ろしい限りです。
 「21世紀にもなって、こんな光景を見るとは思わなかった」と、学者やコメンテーターの人などが言っていますが、私もそう思います。タイムマシンで20世紀初頭に戻ったような感覚です。

 「人類は進歩している」という楽観的な見方をする本が売れているようですが、果たして本当にそうなのかと疑いたくなります。技術は確かに進歩しましたが、人間性についてはどうでしょうか。私には、人類は相変わらず愚かで、ほとんど進歩していないように思われてなりません。それどころか、なまじ技術が発達して「核兵器」などというものが発明されたせいで、ますます人類は危機的状況に自らを追い込んでいるようにさえ思われます。

 この戦争がどのような終わり方をするのか、どの専門家も「先が読めない」と言っています。プーチンはまず絶対に、妥協も敗北もしないでしょう。もし敗北しそうになったら、大量破壊兵器さえ使うと私は思います。そうなると世界大戦となり、核戦争ということになって、人類は滅亡です。
 最初、ロシアはウクライナに侵攻しない、まさかそんなことはあり得ないと、ほとんどの専門家も一般人もそう思っていましたが、その「まさか」が現実になりました。
 そして、「まさか、市民にジェノサイドは行わないだろう」と思っていましたが、それも現実になりました。
 次から次へと予想が裏切られています。しかし、世界大戦だけは起きないで欲しいと、ただ祈るしかできないでいる毎日を過ごしています。
  
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