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心の治癒と魂の覚醒

        

私の考え方は今の世間からは受け入れられない

 まずはご報告とお知らせから。
 今月6月20日/21日、イデア ライフ アカデミー瞑想教室「戒律と瞑想」の授業を行いました。地味なテーマですが、霊性向上をめざすためには、戒律を自分で定めて守ることはきわめて重要です。今回、私は正直に言いました。「イデア ライフ アカデミーで学ぶと、不運と苦しみが訪れる!」と。
 巷によくある、自己啓発だとかスピリチュアル系のセミナーなどでは、「幸運が引き寄せられる」とか「仕事がうまくいったりお金が手に入る」といった「おかげ話」を売り物にして人を集めていますが、イデア ライフ アカデミーでは、人集めも金儲けも目的にしていませんので、本当の霊的真理を伝えています。過去の聖人たちの伝記を調べればわかるように、彼らは霊的な道に進むことで、さまざまな不運や災難が訪れるようになっています。しかし、それでいいのです。それこそが、真の幸福に至るための、もっとも最短の近道を歩んでいることになるからです。そのへんの理由を知りたい方は、ぜひダイジェスト版をご覧下さい。安易な手段で幸運を手に入れようとする人々の多い昨今の風潮とは真逆なことを言っていますので、これでますますイデア ライフ アカデミーに参加する人が少なくなってしまうと思いますが(涙)、私は嘘が言えない性格なので、仕方がないとあきらめています(笑)。
動画視聴

 それでは本題に入ります。
 出版社というものは、基本的にビジネスであり商売ではありますが、本というものは国民の教養を高め、品格を高め、生活を豊かにするものですから、出版社は国の文化の担い手という使命もあるはずです。
 しかし、空前の出版不況ということもあってか、「とにかく売れればいい」という感じで、軽薄でくだらない本ばかりが溢れかえっているように感じます。しかしそういう本が売れるのですから仕方ありません。軽薄な本ばかり読んでいたら、国民は軽薄になります。あるいは軽薄な本が売れるということは、すでに軽薄になっているとも言えますが、いずれにしろ、このままでは、わが国の文化水準は低下してしまうでしょう。

 とはいえ、私も偉そうに言える立場ではないのです。私の体験をお話してみたいと思います。30歳くらいのとき、『神秘の前世占い』という本を出しました。実はこの本は、もともと前世の本ではありませんでした。私が書いた原稿は、『転生の占星術』というタイトルで、内容は、占星術における7つの天体は、人間が地上で身につける徳(調和・忍耐・意思・統合・分析・共感・情熱)を示しており、人間は転生しながらこの徳を養っていく存在であり、その徳を養うためのヒントとしての占星術の活用法でした。

 ところが、当時は、いわゆる『前世ブーム』の真っ最中で、編集者が「これは前世の本にしましょう」と提案してきました。私はその提案に不満でした。前世などに興味はないからです。
 出版の世界は、よほどの大作家でない限り、編集者の方が立場が上です。基本的に著者は編集者の指示に従わなければなりません。もちろん、どうしても著者がゆずれない場合は互いに相談したり、それが決裂したら最悪、出版されない、ということになるのですが、私はもちろん大作家ではないし、正直、出版してお金を稼ぎたいという欲もあったので、編集者の提案をしぶしぶ受け入れるしかありませんでした。
 確かに、「転生」に関する説明のところで、前世について少し書いてはいたのですが、「あなたの前世はこんな感じですよ」といったことを占う本ではなかったのです。しかし、結局、そのような本に書き直さざるを得なくなり、題名も出版社が『神秘の前世占い』と勝手に決めてしまいました。文体も書き直されたりして、これは私のひとりよがりかもしれませんが、最初の原稿がもっていた、格調高い内容が、陳腐で軽薄な内容になってしまいました。なので、この本は私にとっては非常に不本意で、残念な作品なのです。何回か増刷して、ある程度売れたことは売れたのですが、編集者が期待していたほどではありませんでした。

 その後も本を出版してきましたが、『神秘の前世占い』ほどではないにしても、編集者の指示に対して、「これくらいはまあ、いいか」といった感じで、妥協できるところは妥協してきました。
 しかし、しだいにこのように妥協するのが、イヤになってきました。もちろん、編集者と相談して、その結果「確かに編集者の提案の方がいい」と思えば喜んで書き直しをしますが、すぐれた編集者ばかりとは限りません。あきらかに悪い内容に書き直させられてしまうこともあります。とにかく世の中の流れを見て、内容をすばらしくするよりも「いかにしたら売れるか」ということしか頭にない編集者が大半です。

 もちろん、編集者の立場もわかります。編集者は売れる本をどれだけ企画して出したかによって社内の評価が決まります。「どれほどすばらしい本を出したか」ではなく「どれほど売れる本を出したか」で、給料やボーナスの額、出世するかしないかが決まってしまうのです。だから、編集者を責めるつもりはありません。
 ただ、こんなことをしていたら、確実に日本人の知的レベル、日本の文化レベルは劣化してしまうでしょう。

 昨今の、いわゆる「売れる本」、とりわけスピリチュアル系の「売れる本」というのは、何か楽をして運がよくなるとか、あるいは不思議な能力や現象を扱ったようなものばかりです。
 そうした本は、私が書きたい本とはおよそ正反対のものです。つまり、私は今の時代には合わない、求められていない著者だということを悟りました。しかも、売るために内容を書き直すなどということは、もう嫌悪感を覚えるほどイヤになりました。

 このような私の姿勢は、私が運営している哲学&瞑想教室「イデア ライフ アカデミー」でも同じです。もともと屋根裏部屋の小さな部屋を使った教室なので、14人しか入れない少人数の塾のようなものですから、最初からお金を儲けようなどと思ってもいないし、だからこそ、人を集めるために、世の中で人気があるようなことを教えるといった、不本意なことをせずにすんでいるのですが、もし「苦労せず誰でもラクに簡単に幸運が引き寄せられる、幸せになれる!」などと宣伝すれば、そこそこ人は集まるでしょうし、受講費を高額にすれば、金儲けもできるかもしれません。
 しかし、私はもう、心にもない妥協をするのに疲れてしまいました。だから、自分が真実と信じることしか話したり書いたりしないことにしました。そうした姿勢は、この世的には、自らの首を絞めるようなものなのですが、性格的にできないのですから仕方ありません。

 こうした理由から、「イデア ライフ アカデミーで学べば不運や苦しみが訪れる」と言ったのです。そんなことを言わなければ参加者も増えてくるかと思いますが、「苦労もせずに幸せになれる」などということはありません。そんなことがあるなら、とっくに釈迦もキリストも、その他多くの聖人も発見していたでしょうし、あんなに苦労なんかしていなかったはずです。

 誰もが、いつかは受け入れなければならない苦しみというものを抱えているのです。それを抱え続けていると、苦しみがもっと重くなってしまう傾向があるのです。だから、受けなければならない不運や苦しみなら、早く経験した方が、ずっと軽くてすむのです。しかもその経験によって品性(霊性)を高めることができます。「イデア ライフ アカデミーで学ぶと不運や苦しみが訪れる」と言ったのは、そういう意味なのです。イデア ライフ アカデミーでは、魂の浄化作用を促進させることをめざしているからです。

 それでも、たいていの人は怖れて来なくなるだろう、ということは覚悟しています。
 「苦労なく幸せになれる」などと、魔法のようなものを求めて、セミナーなどをあちこちまわり、その種の本を買いあさっても、結局、たいそうな金額を巻き上げられて終わりです。そのうえ、本来なら早く経験すれば軽くてすんだ苦しみを、みすみす重くしてしまうのです。霊性向上にも役立ちません。
 いずれにしろ、たとえイデア ライフ アカデミーに人が来なくなったとしても、私は誰もいない教室で、正直なことを述べる授業をしていくでしょう。
 なぜなら、『神秘の前世占い』のときのような後悔は二度としたくないからです。

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コロナ危機を乗り越えるために

 今月のイデア ライフ アカデミーの授業は、コロナウイルス拡散防止の自粛要請のため、臨時休講になりました。
 そこで、動画配信用に、「コロナ危機を乗り越えるために」というテーマで、特別講義を収録し、公開いたしました(完全版ですが無料でご視聴できます)。
 コロナ危機を乗り越えるためのヒントを見つけるために、私は過去の感染症で人類を悩ませた「結核」に注目してみました。そして、死亡者数の統計データをもとにグラフを作成しました。その結果、死亡者数が激減しているときが二カ所あることに気づきました。いったいそのとき、何があったのか、それを知れば、コロナ危機を終息させるヒントがあるのではないかと推測しました。意外なことに、それはワクチンや薬ではありません。別のものが、結核の死亡者数を激減させたのです。いったいそれは何だったのでしょうか? 多くの人がそれを知れば、コロナウイルスも撃退できるのではないかと期待しています。
 ぜひ、動画をご覧ください。ひとりでも多くの人がこの動画を観て、「偉大な力」の存在に気づいていただければと願っています。
→動画視聴

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訂正とお詫び&苦難について

 前回のブログで、今月19日と20日の瞑想教室は「怒りを捨てる瞑想」というテーマで行うと告知しましたが、これは来月の瞑想教室のテーマでした、今月は「 苦難を瞑想によって乗り越える」がテーマです。訂正してお詫び申し上げます。
 苦難と言えば、今この文章を書いているのがお昼頃で、今まで経験したことがないと言われる大型台風が、私の住んでいる関東地方では今日の夕方から深夜に通過してピークを迎えると報道しています。すでにかなり強い雨風で外は荒れており、ピーク時にはこの何倍も強い暴風雨になると思うと、さすがに不穏な気持ちになります。
 人生においては、さまざまな苦難が訪れますが、今回は自然がもたらす苦難です。自然がもたらす苦難だけはどうしようもありません。とにかく、少しでも被害が少なくてすむように、できる限りのことをして、後は、天命を待つしか仕方がありません。
 避けられる苦難であるならば、避けるように努力すべきです。しかし、どうしても避けられない苦難であれば、それを受け入れるしかありません。ただ、苦難を受け入れるということは、口で言うほど簡単ではありません。「溺れるものはワラをもつかむ」という言葉がありますが、明らかに無駄だと思われるものにも、すがりたくなってきます。しかし、しょせん、ワラはワラです。ワラをつかんでも何の助けにもなりません。
 その一方で、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という言葉があります。溺れている人は、もがくからかえって沈んでしまうのです。こういうときは、思いきり息を吸って(肺に空気をいっぱい入れて)、手足をばたつかせることなく体の力を抜けば、たいてい浮かぶことができます(たくさん服を着ていると難しいかもしれませんが)。つまり、いたずらにもがくのをやめた方が、助かる可能性が高いのです。
 この教訓は、人生における他の苦難にも当てはまります。どうしても避けられない苦難に見舞われたとき、それを心静かに受け入れることができる境地を、日頃から瞑想によって養っていくことが大切になってきます。いざというとき、そうして練ってきた心が、救いをもたらしてくれるでしょう。苦難を乗り越える勇気を与えてくれるでしょう。
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令和という時代

 まず例によって報告とお知らせから。
 先日、イデア ライフ アカデミー哲学教室第6回(4/6、4/7)が開催されました。テーマは「ピタゴラスに学ぶ魂の覚醒法」。ピタゴラスというと、「ピタゴラスの定理」の発見者として有名ですが、他にも「哲学者」という言葉の発案者であり、「コスモス(宇宙)」という言葉の発案者、また音階を発見し、音楽療法の創始者でもあり、さらには数秘術の創始者でもあったのですが、その正体は、人々を解脱(魂の覚醒)に導いた、カルト教団の教祖だったのです。ピタゴラス教団では、数理学・幾何学・音楽・天文学をカリキュラムにして、解脱をめざしていました。そんなピタゴラスの教えをまとめてみましたので、ぜひご覧になってください。
https://www.youtube.com/watch?v=0CUs_5ZoPAs&feature=youtu.be
 なお、次回は瞑想教室(4/20、4/21)ですが、「インナーチャイルドを癒す」というテーマで行います。親との間でトラウマを抱え悩んでいる人は、参考になると思いますので、ぜひ参加なさってみてください。
参加お申し込み↓
http://www.interq.or.jp/sun/rev-1/

 さて、本題に入りますが、今回は、令和という時代について、私の思いを書いてみたいと思います。新元号が「令和」に決まり、世間は浮かれたムードになっているような雰囲気がします。しかし、日本はますます厳しい時代になっていくことは必至です。その理由は二つです。
①少子高齢化
②精神性の劣化
あえて今さら私が述べることでもないのですが、①の少子高齢化により、内需が縮小していきます。つまり、働く人も、ものを買う人もいなくなり、経済活動が衰退します。それだけでも大打撃なのですが、高齢者を支えるための社会福祉費や医療費が増大し、さらに経済を圧迫します。実際、すでに人手不足による企業の倒産件数が過去最高になりました。外国人を連れてきても限界がありますし、そのための体制も不備だらけで、第一、経済が衰えている国に外国人は来なくなるでしょう。このままでは、大部分の人は貧しく、医療も福祉も満足に受けられないほど悲惨な状態になり、後進国になってしまう可能性があります。仮に今から子供を増やす政策を実施できたとしても(それはまず無理でしょうが)、その効果が出るには最低でも20年はかかるでしょう。
日本がこのような状態になることは、ずっと前から統計的にわかっていたことです。しかし、政治家も官僚も、目の先のことしか考えず、その対策を怠ってきました。国民もそのような危機感に目を向けてきませんでした。

そうなってしまったのは、②の「精神性の劣化」が大きな原因であると思います。
個人差はもちろんありますが、国民全体を見渡すと、まず自分のことしか考えない人が増えてきたような気がします。自分の保身が第一で、他者のことだとか、国のことだといったことを考えなくなりました。
むかしは、私財をなげうってまで、国のために尽くす高潔な政治家もいました。しかし今は、国や国民のことなどより、自分の懐を肥やすことだけにしか興味がない政治家ばかりです。しかも、政治家の資質があるとは思えないようなレベルの低さです。実業家にしても、国を豊かにするという、高い志を持った人たちもたくさんいました。しかし今、そのような実業家はどれくらいいるでしょうか。社員を奴隷のように扱って、自分が豊かになることしか頭にないようなブラックな人たちばかりが目立ちます。

国民の知性もあきらかに劣化しています。試験の問題を解く以前に、その問題文の内容さえ読解できない人が増えたのです。出版界を見ても、内容がスカスカの本ばかり売れています。国も、すぐにお金になる研究には助成金を出していますが、すぐにはお金にならない(が偉大な発明・発見に結びつく)研究にはお金を出しません。これでは日本の知性や技術力は衰えるばかりです。

そして、「楽してうまいことやろう」という、安易でさもしい気持ちを持った人が増えたように思います。我慢強さ、忍耐強さがありません。努力や苦労なくして結果が出るわけないのですが、魔法みたいなことばかり追い求めているのです。いまだに「引きよせの法則」系のセミナーが大繁盛しているのがその端的な例と言えるでしょう。あさましいというか、あまりにも幼稚です。
他にもいろいろありますが、きりがないのでやめておきます。

国にとって、少子高齢化と精神性の劣化というのは、致命的な問題なのです。どちらかだけでも大変なのに、その両方の問題を抱えている日本は、これからしだいに没落に向かっていくことは避けられません。たとえるなら、船底に穴があいてゆっくりと沈んでいく船に乗っているようなものです。そんなときに「令和の時代はよい時代になるといいな」とか、「来年のオリンピックが楽しみです」といった感想を述べている人がニュースでたくさん見られました。そんなことを言っている場合ではないのです。危機感をもって、船底に空いた穴を埋めて沈没をくい止めるために、国民が一致協力して取り組まなければならないときなのです。

では、いったいどうしたらいいのでしょうか?
まずは、精神性の劣化から解決しなければなりません。精神性こそがもっとも根本であり基盤だからです。自分のことだけ考えるのではなく、他者や国のことを考える高潔な人材を育成するところから始める必要があります。
そのためには、「哲学」を学ぶことが大切になってきます。個人も企業も国家も、根底にしっかりとした哲学を持っていなければ、うまくいきません。しっかりした哲学をもつには、そのための素材となるような、古今東西のすぐれた哲学や思想を学ぶ必要があります。そうして、生き方のモデル、手本となる考え方を学ぶ必要があるわけです。何事もそうですが、まったくの無から何かを生み出すことは困難です。モデルや手本となるものを学び、それをもとに、自分なりのものを築いていくのです。

そのために、私は「イデア ライフ アカデミー」という哲学&瞑想の教室を立ち上げたわけです。それが、この沈みゆく船に乗っている者のひとりとして、哲学を学んできた私のやるべき役割だと考えたからです。
ところが、「哲学」というと、世のほとんどの人は「一部のインテリや変わり者が学ぶ、難しくてよくわからない、現実生活に役に立たない単なる暇つぶしや教養のひとつ」くらいにしか思っていません。そうして、小手先の金儲けだとか、幸運を呼び寄せる方法みたいなものを追い求めています。
これは間違いです。哲学は、あらゆる成功や幸福の「土壌」のようなもので、土壌が貧しければ、実りを得ることはできません。せいぜい一時的なもので終わります。

以上のような理由から、日本を没落から救うには、私たちは哲学を学び、そうして精神性を向上させるところから始めなければならないと、私は訴えたいのです。
しかし、いくら私が声高に訴えたとしても、その声に耳を傾けてくれる人は、残念ながらほんのわずかしかおらず、無視されるだけだということもわかっています。あと30年とか、半世紀くらいたって、そのときにまだこの文章が残っていたら、私の訴えが正しいものであったと認められるかもしれませんが、それまでは負け犬の遠吠えのごとく、イデア ライフ アカデミーだとか執筆などを通して、私は叫び続けていくことになるだろうと思います。
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非凡な人


 皆様、明けましておめでとうございます。
 今年はいったいどんな一年になるのでしょうか? いま世界は、困難な課題を数多く抱えています。テロ、戦争、環境破壊、貧困、その他さまざまです。とりわけ日本においては、北朝鮮問題がどうなるかが差し迫った課題でしょう。中長期的には、少子高齢化に伴って生じるであろうさまざまな危機的状況への課題です。いずれもかなり厳しい状況にあるように思われます。
 北朝鮮の問題が来年までこのままの状態で続くとは思えませんので、何らかのところに行き着くでしょう。それが戦争という最悪の形にならないことを祈るばかりですが、どうであれ、今年はおそらく、世界が大きく舵を切る一年になるのではないかと思います。
 いま世界は、「分断」の方向に揺れています。この傾向はもうしばらく続くと思います。今年はそれが過剰になるかもしれません。しかし歴史は、振り子のように対極の間を行ったりきたりしていますから、いずれ分断から「統合」へと振れてくるはずです。
 ある程度、こうした両極性を行き来するのは自然であるかと思いますが、極端になりすぎると危険です。特に分断に向かう場合は非常に危険です。分断は、差別、憎悪、争いを生むからです。その最たるものが戦争です。
 ですから、極端になりすぎてはまずいのです。極端にならないよう、バランスを取らなければなりません。バランスを取れる人々が求められるのです。

 成功する人というのは、世の中の流れの一歩先を読む人です。あまり先を読みすぎても成功しません。トランプ大統領が成功した(大統領に選ばれた)のも、分断に傾いていくという世の中の流れの一歩先を読んだからです。
 しかし、一歩先を読んで行動する人は、ともすると流れを極端に加速させてアンバランスにさせてしまいます。その点でもトランプ大統領は典型的な人物です。
 それに対して、いわゆる聖者だとか覚者という人は、一歩や二歩どころか、もっとはるか先を読んでいます。ですから、たいていその時代の人々からは理解されません。イエス・キリストなどはその典型です。もちろん、マザーテレサやガンジーのように、理解されて賞賛された聖者もいます(それでも認められるまではかなりの辛酸をなめました)。しかしそれは、たまたまそうなっただけです。
 芸術家などもこの傾向があります。死んでしばらくしてから作品が理解され、賞賛されたりするのです。ゴッホなどはその典型かもしれません。

 真の宗教家や芸術家というものは、自分を売るために世の中の流れに迎合することなく、自らの信念や内的直感に正直に生きています。それがたまたま時代の流れに合えば理解され賞賛されますが、時代の流れにあわなければ無視され、ときには迫害さえ受けたりします。
 いわゆる「平凡な人」と「非凡な人」の違いというのは、ここにあると思います。特殊な才能があるとか、すごいことをやってのけたというよりはむしろ、時代の流れに迎合せず、遠い未来の先を読んで、その信念や内的な直感に敢然と従う生き方ができる人ではないかと思います。時代にあわなければ、そういう人は世の中から「変人」扱いされます。もう少しましな評価が与えられる場合は「孤高の人」となって敬遠されます。

 時代の流れに迎合しない生き方は孤独です。さまざまな面で社会的にも不利になりやすいです。しかし、そうした「非凡な人」こそが、極端に傾きだした世の中にバランスをもたらすことができる可能性を持っていると私は考えます。
 真理というものは、極端な考え方の中には決して存在しません。真理は、右にも左にも、白にも黒にも存在しません。真理は、両者が統合されたレベルに存在しているからです。
 そのことを見通した人は、世の中が右に流れれば「左だ!」と叫びます。白に流れれば「黒だ!」と叫びます。だから、人々から憎まれ嫌われ、笑われ蔑まれます。
 それでもなお、その生き方を貫くのです。
 それゆえに、そういう人々は「非凡な人」なのです。
 私はいま、たくさんのそういう「非凡な人」が、宇宙から求められているように思います。「世の中から」ではありません。「宇宙から」です。

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