心の治癒と魂の覚醒

        

 『地球卒業者「18人」の過去生』の研究 ⑦


7.医師(43歳女性/アーティスト、医師)
 この人は、職業は精神科医で、治療の一環として芸術療法を施していたようですが、他にも多彩な能力を持っていたようで、芸術家、教育者、作家などの能力もあるとリーディングは告げています。こうした能力は、この人の経てきた過去生によって培われたようです。
 最初に言及された過去生は、アトランティス大陸でのものでした。そこで神殿の巫女をしていたようです。人生の前半は同じ職業にある複数の男性と性行為に耽って堕落しましたが、後半では、「完全なる肉体の健康」をめざす活動の手助けをし、真理を広める活動をして進歩したといいます。
 次は、エジプトに生まれました。そこで、今日でいう病院に相当する場所で手助けをし、医学に造形のある人々や人生に役立つものを広める人々と交わり、医学や教育に関する才能を育てていったようです。
 その次は、十字軍時代のドイツに生まれました。家族が聖地奪回のため旅だって一人残され、生活に困ったようです。そのため、「物質世界に生きている間は物質的な活動が必要だ」と思い込んだために退歩したといっています。しかし後半生では、人々に対して無私の奉仕をしたために進歩しました。また、このとき、現実的な価値と、観念や感情的な価値とをうまく区別できる能力を養ったようです。
 最後は初期アメリカの、魔女狩りが行われていた時代に生まれました。しかし魔女狩りとは直接の関係はなく、当時この人は、いわゆる心霊科学の研究に専念していたようです。そうして、心がもつ力について理解を深めたといいます。
 以上が、リーディングが指摘するこの人の過去生です。そして、彼女について、次のようにコメントしています。
「この人の能力と今生でこの人が達し得ること、その方法について言うとこうなる。これまでにみてきた分野の活動の中で、自分の中に、また日々あなたが接触する人々の中に、心においても、魂においても、体においても創造的力を作り出す理想の中で自分を活用してゆくならば、それを通してこの人は、自らが望んだ時にしか地上に戻ることが必要でなくなるほどの所にまで進歩することができるであろう。そのように、自分の語ったこと、思ったことに直面するのを決して恐れないような方法で、創造的活動を招く力に自分を捧げよ。というのも、魂の誰もが自分の計ったその物差しでまた計り返されるからである」

 リーディング(つまり、ケイシーの背後霊)は、非常にまわりくどい言い回しが特徴で、少しわかりにくいのですが、要するに「自分の信念にしたがって創造的な活動に自らを捧げよ、そうすればもう生まれ変わる必要はない」ということだと思います。
 ここでキーワードになるのは「創造的」ということかもしれません。ラストタイマーになるには、「創造的に生きる」ということが、どうやら重要になってくるように思われるのです。
 また、「物質世界に生きている間は物質的な活動が必要だ」と思い込んだために退歩した、ということから、いくら生活に困っても物質主義に走ってはいけないのかもしれません。なかなか厳しい教えではありますが(笑)。逆に言えば、生活に困るという現象(運命)が生じるのは、それによって物質主義を超えるという試練の意味があるのかもしれません。
 
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『地球卒業者「18人」の過去生』の研究 ⑥


6.クリスチャン回教徒(58歳女性/デパート経営)
 この魂は、自ら危険な時代、正しく行動しなければ滅びてしまうという、緊張した時代を選んで転生してきているようです。
 リーディングによると、この人はエジプトにおいて、神官ラータの国外追放処分について対立が起き、国民が二分された時代に生まれ、巫女をしていたそうです。そして、神殿事業の再建に力を尽くしたといいます。慈悲深く、頑固なまでに自分の道を守り抜き、宗教的理想を貫くためか、所有物をいっさい持ちませんでした。
 次には、イエスの時代の聖地に女性として生まれ、イエスの伝道中、イエスに遠巻きに従い、イエスの死後はその教えを伝道したそうです。人生の前半は利己主義のために退歩しましたが、(イエスと出会って以後の)後半は宗教的理想を守って進歩したとリーディングは述べています。
 次も聖地(パレスティナ)に生まれました。十字軍がイスラム教とを弾圧していた時代です。そのとき彼女はイスラム教徒でしたが、牢獄に入れられた十字軍兵士を助けて進歩しました。
 次はマサチューセッツ州サレムで魔女狩りが行われていた時代に生まれ、自分の家族が魔女の容疑をかけられてひどい目にあい、そのことに激しい憎悪の念を燃やしていたといいます。
 その次に今生に生まれてきたのですが、前世の経験から、教師、説教師、伝道師に関係した人への恐怖心があり、伝統的な宗教に嫌気がさして神智学に関心を抱くようになったとのことです。
 リーディングでは、以上のような過去生を通して信仰の理想について学んできており、そうして得た「信仰」を保ち続けることにより、もう二度とこの世に生まれてくる必要はなくなるとしています。

 また、リーディングは、彼女について、次のように評しています。
「その人の能力について言えば、それらはここ二、三年の間にこの人が手にした、あの理解と知識の中に留まる能力によってのみ判断できる。神の御子キリストと一致するような仕方で成長と愛と願いが保たれなければならないというあの理解をもって、毎日自分の問題に対処してゆく時に、神は成長を与えてくださるからだ。まわりのことや、あなたの思う通りのことをしようとしない人々を見ていらいらする者のようであってはならない。神は独自の手段、方法でお働きになるのであるから、あなたは神の愛が表現されるための通路となるだけでよい。いらいらすることは神が為されようとしていることについて、失望と幻滅のみを誘うにすぎない。誤まりを犯す者たちに対して優しい語りかけをしなさい。あなたは彼らの直面している誘惑がどんなものかも、彼らの理解力の小ささも知ってはいない。人のするあれこれのことを裁いてはならない。むしろ、あなたの中で輝いているその光が彼らの中でも同じように照り輝くように祈ってあげなさい。これが人の子ら、娘らが神の道を知る方法である。この俗世において、疑惑と恐怖が、自分さえも疑うほどに起こる時代が全ての者に到来している。主がその聖なる宮の中におられ、全てがよきことを知れば、こうしたことを捨て去るのは簡単である。死者に死者を葬らしめよ。神は死にたる者の神にあらず、生ける者の神である。神は生命であり、光であり、不滅である。」

 さて、今回のケースから、ラストタイマーになる教訓を学ぶとすると、すでに最後のリーディングの言葉でまとめてられているように思います。ひとことで言いますと、「理想的信仰」ということでしょうか。理想的な信仰とは何かというと、運命的にいろいろ不愉快なことがあっても、神の導きなのだとありがたく感謝し、「神の愛の通路」となって愛と寛容の態度で人に接すること、となるようです。

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 カルマの教えにとらわれない


 スピリチュアルな教説によりますと、霊的な世界での長い生活に比べると、地上の人生はほんの一瞬でしかないと言われています。たぶん、それは正しいと思います(ただ、こうして地上に生きている間は、実感としては理解し難いものはありますが)。
 ですから、地上ではなるべく苦労をして魂を浄化した方がいいとされています。そのぶん霊的な世界での生活が幸せなものになるからです。逆に、地上で楽をして魂を浄化しないと、そのほんの一瞬にすぎない地上生活は幸せでも、その何百倍も長いとされる霊的世界の生活がたいしたものではなくなってしまう、場合によっては非常に苦しいものになるのだそうです。
 そのため、魂は、我慢できる限界ぎりぎりまで、なるべく苦しみや辛さをこの地上で経験しようとするらしいのです。ほんのわずかな時間だけ我慢して自分を成長さぜれば、あとは非常に長い間、幸せを味わうことができるからです。
 苦しみや辛さを経験しようとするのは、苦しみや辛さを通して自分を進化向上させるためです。言い方を変えれば、人間は、苦しみや辛さを経験しないと、なかなか反省して改めたり、忍耐や優しさや誠実さや寛容さといった美徳を養い、人格を向上させようという気が起きないわけです。まれには、苦しみや辛さをあまり経験しなくても進化向上に努める立派な人もいますが、たとえそんな人でも、本当に力強い真の優しさや寛容さを養うには、やはりある程度の辛さを味わう必要があるのだと思います。

 そこで、私は思ったのですが、いわゆるカルマの法則が真実であるとしますと、善いことをすると善いことが起こる、つまり、この人生が楽しく愉快なものになるわけです。裕福になったり、愛する人と結婚して満たされた家庭生活をしたり、健康で美貌に恵まれたり、名声を得たりするわけです。
 しかし、そのような恵まれた状態では、最初に申し上げたように、魂を進化向上させることはできなくなります。となると、たとえそれで地上生活は幸せとなっても、地上生活よりはるかに長い霊的な生活が幸せではなくなってしまうのではないか?
 こんな疑問が生じたのです。
 だとしたら、「善いこと」をすることが、必ずしも「善い報い」になるとは限らないことになります。むしろ、「悪いこと」をして苦しみの報いを受けた方が、それにより進化向上して、長い霊的生活が幸せになるかもしれないわけです。
 つまり、カルマの法則によれば、人生で苦しみが訪れるのは、過去に悪い行いをしたからです。しかし、苦しみなくして魂が進化向上しないとしたら、その「苦しみ」を招いた過去の「悪業」は、必ずしも「悪業」とは言えない、ということにならないか? と思ったのです。
 とはいっても、悪業をするということは、まだ進歩していないということになりますから、悪業をよいと言っているわけではありません。
 ただ、人生で悪いことが起こると、「これは過去に悪いことをした報いなのだ」といったように、自分を責めたり、くよくよしたりといった、後ろ向きの解釈をすることは、必ずしも正しいことではないように思われるわけです。
 カルマの法則だとか生まれ変わりという現象は、このコーナーで今まで考察してきているように、私たちが考えているほど単純なものではないように思われます。もしかしたら、私たちにはとうてい認識不能のものなのかもしれません。人生に苦しみが訪れたとしても、それは必ずしも過去の悪業の結果ではないかもしれません。
 ですから、人生の不幸を、「カルマの報いだ」と決めつけて(盲信して)落ち込んでしまうのではなく、どのみち真実はわからないのですから、それよりはむしろ、「この不幸や苦しみは、自分を成長させ、本当の幸せに導くためにやってきてくれたのだ」と考え、そういう前向きな姿勢で不幸や苦しみに臨んでいく方がいいと思うのです。

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『地球卒業者「18人」の過去生』の研究 ⑤


5.弁護士(28歳男性/生命保険業)
 この男性は生命保険会社の重役をしていましたが、リーディングはすばらしい聖職者にもなれたと言っています。これまでの過去生で非利己的な考え方を養っていったようであり、かつては激しい気性を持っていましたが、それを制御していき、さらには有益な形に切り替えることができたと言っています。
 リーディングは彼のことを非常に絶賛しており、次のように言っています。
「高貴な生活と、それを地上界に現しめる力を持った人だ。……どの世界にあっても他の人々の進歩発展のために力を尽くす人である。破滅的状況に向かう力とはほとんど縁なき人である。今の意志力を使うことで、地上界に二度と再び戻ることが不要となる人である。この人に接する誰の生活の中にも愛深き、高貴なる力を注ぎ入れる人だ。他の人に信仰心を持たせ、自分にも人にも勇気を与えることができる。無私の波動を発散させて人の願いを招き入れ、人を進歩に向けさせる人である。どんな方法をもってしても人助けのできる力を大きく自分の中に秘めた人である。今生で偉大な説教師にもなれた人だ。聖職においても、政治経済においても偉大な成功を収められる人だ」

 リーディングによれば、彼の過去生はまず、陸地が沈没し始めたペルーにおいて、支配者の次に位する人物をしていたといいます。そこで、民衆の願いを聞き入れ貢献する人生を送っていたようです。
 次にはエジプトに生まれ、当時の支配者の顧問役として、資料の収集をしたり、歴史家として活動していたそうです。
 次に戦争時代のギリシアに生まれ、自分自身を知ることの大切さを人々に訴えたとされます(どうもソクラテスのような哲学的な活動をしていたようです)。
 次は、ひとつ前の過去生となりますが、イギリスにおいて、政治家にして軍人のオリバー・クロムウェル(※)として生まれたといいます。この時代の彼について、リーディングはこう述べています。
「この人は誰もが心から求めていた原理のために戦ったのである。今生では、人間一人一人の能力が独自の場所を見つけ最大限その力を発揮するようにと願う衝動が見られ、その中に最善のものを与えよう、どのような時にも自分を出し惜しみすまいという、この人の永遠の願いが見られる」

 さて、以上を考察してみますと、やはりここでも、ラストタイマーに必要な条件は、ひたすら自分の力を発揮して人のために尽くす、ということが伺われます。また、破壊的な衝動を克服することが重要であるようです。こうした資質を養うために、この男性の魂は、一連の過去生を通して指導者的な地位を選択してきたようです。そういう権力のある地位にあっても、傲慢になったり権力を乱用したりせず、民衆のために自分を投げ打って尽くすということを学んできたのでしょう。そしてリーディングでは、そういう他の人々の進歩のために貢献しようとする意志力を発揮することで、もう二度と地上には戻らないようになると言っているわけです。
 リーディングは、彼の今生での性格をこう語っています。
「その能力とそれをどう今に活かすかについて言えば、われわれはこの人が他を救おうとする願いを持つ人々にとっての有力な相談役になれること、その能力をもって、彼が非常に大きな進歩を遂げ、またそうする力がしばしば与えられていることがわかる」


オリバー・クロムウェル(Oliver Cromwell, 1599年4月25日 - 1658年9月3日)は、イングランドの政治家、軍人、イングランド共和国初代護国卿。鉄騎隊を指揮してエッジヒルの戦いやマーストン・ムーアの戦いで活躍し、新模範軍(ニューモデル・アーミー)の副司令官となる。ネイズビーの戦いで国王チャールズ1世をスコットランドに追い、議会派を勝利に導いた。護国卿時代には独裁体制をしいた。クロムウェルの死後、数百年経った今も類稀な優れた指導者か強大な独裁者か、歴史的評価は分かれている。(ウィキペディアより)

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『地球卒業者「18人」の過去生』の研究 ④


4.喜びの奉仕者(45歳女性)
 リーディングによれば、この女性は、かつて聖書に出てくるマルタであったと言います。※ まず、この女性はかつてエジプトにおいて、神官ラータ(ケイシーの過去生)と密接な関係にあり、神殿奉仕をしていました。そのとき、進歩もしましたが、一時期世俗的なことに染まって退歩もしたようです。次にペルシャに生まれ、このときもケイシーの過去生の人物と行動を共にし、「人や物や状況、環境に向けられる態度に多くの変化を促した」とされます。
 そして次に、イエスの時代、マルタとして生を受けました。このとき、「実用的な性格と信仰心」を養ったことが大きな進歩として評価されています。
「そのおかげで、今生では-夢想家でありながらも-集団の中にあってその人の“実用性”が人々から常に讃えられているのである。どのような実用的な考えも、実生活と調和していなければならない。このことは、当時もそうだったように、今も彼女のよりよき役目となっている」
 次にはイギリスに生まれ、チャールズⅠ世の一族の一人に生まれました。リーディングでは、一族の苦しむ人たちを助けることができたために、進歩を遂げたといいます。「また、もって生まれた霊的導きによって、接する誰に対しても精神的、霊的な援助を与えたのである」
 そして、ひとつ前の過去生は、アメリカのヴァージニア州の開拓民でした。「家柄を自慢する人間がたくさんいても、他人の成し遂げた偉業ではなく自分が人助けのためにしたことこそものをいうのだと理解している。圧迫してくる人々の振る舞いの下で後退し、圧迫した人々にさえ愛を保ったことで進歩した」
 また、現在の彼女について、リーディングは次のように語っています。
「一度作った友情の絆は、相手が自分から切り離さぬ限り、決して切ることはなかった。この人は時に(だいぶこのことは変えられてきているが)、憎しみは持たなくても、人から嘲笑されたことをなかなか忘れられない傾向がある」

 さて、以上をまとめて考察すると、まず、「人から嘲笑されたこと」をいつまでも根深く忘れないというのは、よくないようです。嘲笑されたことだけでなく、恨みのような感情は、さらりさらりと捨て去っていくことが大切なようです。
 さらにより前向きには、自分を迫害する人に対しても愛を持つことが重要であるということがわかります。
 そして、この女性をラストタイマーにした大きな要素は、「実用的な行動によって人を助けている」ことのように思われます。やはりここでも「人を助ける」ということが、他のケースと同じように重要になってくるのですが、このケースの場合、「実用的な行動」ということがポイントになっているようです。
 つまり、観念的な理想を追いかけるだけではなく、実生活と調和させながら実用的に考え、実用的な奉仕や人助けが大切ということのようです。

※イエスによって死から蘇ったラザロの姉であり、マリアという姉妹がいた。有名なエピソードとしては、マルタがイエスを家に迎え入れ、食事の用意などいろいろ働いている間、姉妹のマリアがイエスの説教に耳を傾けて何も手伝おうとしないと不平を言ったところ、イエスが、そうした雑事で思い悩むより、神の教えを聴くことを選んだマリアの方が正しいのだ、といった意味のことを言われた。

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『地球卒業者「18人」の過去生』の研究 ③


 今回もまた、ケイシーのリーディングから、地球を卒業した人(ラストタイマー)について見ていきましょう。この人は、混乱と闘争の激しい時代にばかり生まれ変わっていたようです。いったいそれはなぜなのでしょうか?

3.平和の造り手(48歳女性:秘書)
 この人は、まずエジプトで神官の従者として生涯を送っていたそうです。そのとき、波乱と闘争が起こったようなのですが、「やられたときにやりかえすことは、かえって争いを増すだけである」という教訓を学んだといいます。
 次に、イスラエルの民が約束の地に帰還するに伴い多くの紛争が起こった時代のパレスティナに女性として生まれました。そのとき看護婦として傷ついた人に献身したり、王の勅令を人民に理解させる役割も果たしました。しかし、自分が理解してもらえないことに立腹するなど、成長が後退したときもあったようです。そしてその経験から、「憎しみを持つことは争いを起こすのみである」ことを学び、寛容の大切さに気づくきっかけになったようです。
 次に、フン族やゴール人が国を略奪しにかかった頃のイギリスに生まれました。恐怖と暴力の吹き荒れた時代だったようです。ここでも女性として生まれ、そんななかでも、心のバランスをとっていたといいます。
 ケイシー(のリーディング)はこう述べています。
「地球での各生涯を通して自分の周囲の集団、個人に多くの性質の紛争が起こった時にも、この人は゛寛容”という言葉で特に表現される均り合いを保ち続けた。そして、そのことの結果として、慈悲によって生まれた忍耐がこうした経験に伴ってきている」
 また、こうも述べています。
「この人は地上的な力を通して、また自分が選んできた先天的な力を通して、いうなれば極端から極端へと急に動かされる自分を見てきた。だが、われわれが忍耐、寛容と名づけている言葉に表現されている魂の力から来る能力の中で、この人はどこででも人助けができる自分の能力を発見してきている」
 以上を見ると、この女性は波乱や混乱のある時代に生まれ変わることを通して、つまり、そういう状況に身を置くことにより、忍耐と寛容を養い、人に尽くすことを養ってきたようです。
 ただし、この人は火星(占星術的なシンボルでは戦争を暗示する)にも生まれ変わった経験があるようで、そのために争い事を引き寄せる傾向があり、そのため、次のような警告も受けています。
「次のことをしっかり守りなさい。火星での経験から来る影響力は周囲にもめ事を誘う傾向があるが、もし自己憐憫に陥ったり、我欲の拡大に左右されることを自分に許したりしなければ、自分の接する誰の経験の中にも調和のとれた影響を与え続けることができるのである」

 さて、以上を考察してみると、ラストタイマーになるには、前にも出てきましたが、やはり「忍耐」が大切であるようです。さらに今回は、「寛容」という美徳が出てきました。そして、こうした忍耐と寛容によって、人のために尽くすということが大切であることがわかります。
 また、こうした美徳を養うためには、波乱や混乱に満ちた状況に身を置くことが必要であるという暗示も読みとれます。そういう状況は、魂自らが成長のために選んだと思われますが、どのような美徳であれ、それを試される厳しい状況に置かれてこそ、本当に身につけることができるのでしょう。さらに、自己憐憫をしないこと、我欲を拡大させないことの大切さも、学ぶことができます。
 リーディングは、この女性をこう評しています。
「精神的、物質的重荷に疲れている人々を助けたいとの願いが、この人の奥深くでかなえられている」


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セミナー開催のお知らせ


 すでにお知らせ済みですが、今月1月14日(土)と2月11日(土)の2回にわたり、覚醒(解脱)に関するセミナーを東京で開催することになりました。
 基本的には、以前に3回シリーズで行われた「覚醒プログラム」を2回に凝縮し、密度を濃くした内容ですが、単なる知識の習得や好奇心を満足させるだけの内容ではなく、「いかに実践していくか」という点を強調していくつもりです。
 当然のことですが、いくら知識だけを蓄えても、実践しなければ何の意味もありません。しかし、ほとんどの人が、この「実践」がしていないのです。やることはやっても、三日坊主でやめてしまったりするわけです。
 実践できない理由は、やはりモチベーションが弱いのだと思いますが、なぜ弱いのかというと、そもそも覚醒(解脱)することに何の意味があるのか? なぜ、そんなことをめざす必要があるのか、ということが、はっきりと理解されていないからではないかと思います。
 たとえば、もしも「1億円あげるから覚醒の修行を毎日しなさい」と言われたら、おそらくほとんどの人は毎日一生懸命、修行に励むと思います。なぜなら、物質世界に住む私たちには、1億円という金額の価値がリアルにわかるからです。
 しかし、覚醒することの価値は、1億円などよりはるかに価値があることなのです。そのことがわからないから、実践できないのだと思います。
 覚醒することの価値を理解するには、霊的な世界の法則を、まずはしっかりと体系的に把握する必要があると思います。そのため、今回はその点を詳しく説明する予定です。
 覚醒への道は、結局のところ、霊的能力の開発と人格向上の2点に集約できると思います。この2点を、いかに「実践」していくか、ここが重要なのです。
 ご都合よろしければ、ぜひご参加いただければ幸いです。

 詳細:お問い合わせ:申し込みは、アルカノン・セミナーズまで

                     →アルカノン・セミナーズ

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 新年のご挨拶


 皆様、あけましておめでとうございます。

 昨年は実に大変な年でしたが、今年もいろいろな意味で、世界的に大きな変化が生じる年になるのではないかと思います。
 そういうときというのは、これまでの固定観念で考えたり、行動していてはダメです。今までの考え方や価値観、やり方が通用しない可能性が高いのです。
 こんなときにものをいうのは、東洋哲学でいうところの「肚(はら)」ではないかと思います。「肚が座っている」などという言葉もありますが、この「肚」がよく練られていれば、どのような予期せぬ状況に遭遇しても、落ち着いて的確な行動を取れるようになるものです。頭も大切ですが、いざというときものをいうのは、肚です。
 逆に言えば、予期せぬ大きな変化に見舞われるときというのは、この肚を練るのに絶好の機会であるということです。私たち修行者・求道者というものは、どんなことでも、それを修行のチャンスとしてとらえ、前向きに活用していく心構えが大切だと思います。愚痴や悲嘆ばかり口にしていたところで、何も変わりません。人生というものは、「起きてしまったことは仕方がない」と気持ちを切り替え、「今後、どうするのが最善の道なのか」ということを考えて、とにかく前進していくより他に選択肢はないように思います。それが、この地上という人生の摂理のような気がいたします。何が起ころうと、私たちは前に進むより他に道はないのです。

 人生というものは、本質的に無常であり、いつまでも続く幸せというものは存在しません。ですから、地上的な事物に自分の幸せの土台を築くというのは、ちょうど波打ち際の砂浜に、砂で家を作るようなものです。やがては、満潮と共に波がやってきて、すべてを崩し、流し去ってしまうのです。
 これが絶対的な事実であることは、少し考えれば誰にもわかるのですが、頭でわかるのと、存在のすべてをもってわかるのとでは、違うわけです。存在のすべてをもってわかった人は、このブログを愛読しておられる皆さんのように、はかない無常な地上的事物に幸せの基盤を求めるのではなく、時空を超えた精神的・霊的な領域に、幸せの基盤を求めるべく、求道や修行に励んでいこうと志すのです。もちろん、その前途は険しいものに満ちているでしょう。
 しかし、世の大部分の人たちは、この道の存在すら知りません。そうして、地上において、あり得ない幸せ、せいぜい一時的な幸福感を味わえるだけの、はかない幸せを追い求めて迷っています。迷っているという状態は、もっとも悲惨ではないかと思います。たとえ辛い状況であっても、最終的な人間のゴールが何であるかを見いだし、それに向けて歩んでいる私たちは、とても恵まれていると言えるのではないでしょうか。なぜなら、道さえ見いだしてしまえば、あとはひたすら歩き続けていればよく、ゴールに到達するのは時間の問題だからです。しかし、迷っている限り、ゴールに到達する可能性はゼロです。

 人間の本当の棲息領域は、地上ではなく霊的な世界なのです。霊的な世界に存在する、地上とは比較にならないほどすばらしい不滅の幸福を手に入れるために、私たちは地上という「トレーニング・ジム」にやってきたにすぎません。幸せになるために、地上に生まれてきたのではないのです。この地上で魂を鍛え、その鍛えた魂によって霊的世界の本当の幸せを手に入れるために、ほんの短い間、この地上にやってきただけなのです。
 ですから、この地上で幸せになろう、などという思いは捨てましょう。自分を鍛え、向上させることだけを、人生の目標にして生きていきましょう。トレーニングするために来たのですから、人生に負荷(苦しみ)が訪れるのは、当然のことなのです。負荷がなければ、トレーニングになりません。
 もっとも、そのように幸せを断念して生きていると、皮肉なことに、地上的な幸せも得られやすくなる、というのが、人生の不思議なところです。

 今年も、よろしくお願い申し上げます。

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