心の治癒と魂の覚醒

        

ウツで会社を辞める

 ウツがひどくなり、先月で会社を辞めた。
 今から3、4年ほど前から、すでにお話したように、公私ともにいろいろストレスがあることが重なり、ウツ病になってしまった。何をする意欲もなくなり、気分はひどく落ち込んで、執筆もできなくなり、ただ一日中、横になって過ごしている日が多くなった。精神科医に行って抗うつ剤を三ヶ月試してみたが効果はなかった。
 しかし、生活のために何か仕事をしなければならない。執筆は神経の使う仕事でもう執筆する意欲はなくなった。仮に執筆して本を出していけたとしても、今日の出版業界は空前の不況で大手の出版社さえも倒産し、書店に並べられた本の半分は売れなくて出版社に返本されるような状態である。したがって、よほどのベストセラー作家でない限り、本を書いて生活できる時代ではなくなった。
 すでに述べたように、ウツになると神経を使うような仕事はできない。無理してやっても長時間できない。それ以前に、そのような仕事をしようという意欲さえ湧いてこない。何か神経を使わない単調な仕事でもないかとハローワークに行って探してみるが、50歳をすぎた私にはほとんど求人がなかった。ときおり「年齢不問」と書いてあるものがあって応募してみたりしたが、実際には年齢制限がある場合が多く、またひどく安い賃金であり、どれも不採用だった。35歳を過ぎると求人件数ががたんと減る。40代の私の友人のひとりは、70件以上もの求人に応募したが、すべて不採用だったという。
 そんな中、ある会社の社長から「うちの会社の社員になりませんか」という誘いを受けた。
 これはまさに仕事を探していた私にとって「渡りに船」ともいうべき有り難いお誘いである。私はそうして社員になった。今から2年前のことである。

 しかし、ウツが治ったわけではないので、仕事をするには大量の精神安定剤を飲んで落ち込んだ気持ちをごまかしながらやらなければならなかった。私は強いウツの落ち込みと闘いながら、毎日のように「神様、助けてください」と祈りながら、片道2時間もかけて通勤したが、助けてくれる気配はないので、ついには「神様、私を殺してください」と祈りながら出勤するようになった。とにかく、死んだ方がどれほどマシかと思うくらい、拷問のような、地獄のような毎日であった。
 すでに前のブログで話したように、大量の精神安定剤を服用したために禁断症状が出てそれにも苦しむようになったので、減薬に挑んでみたが、結局、仕事量がどんどん増えてストレスが積み重なっていくばかりになったので、減薬は失敗し、それどころかさらに増えていく傾向になってしまった。
 そうなると、一ヶ月分を処方されている薬が足りなくなり、一ヶ月しないうちに薬をもらいにいくようになった。医師は平気で大量の薬を出してくれるタイプであったが、薬剤師がうすうす私のオーバードースに気づいたらしく、「一ヶ月しないと薬は渡せませんよ」と言われた。だが、それでは仕事ができず困るので、オーバードースをしている患者がよくやること、すなわち、別の精神科医に同時に通ってそこでも薬をもらうことにした。こうしたことは、もちろんやってはいけないことであり、狂気の沙汰なのであるが、私はそれほど追いつめられていた。

 そうして別の精神科医に行くと、その医師は「会社を辞めても最長1年半は、給料の6割が支給される傷病手当という制度がありますよ」と教えてくれた。私はもう仕事を続けるのに限界を感じていたし、仕事に行けなくなる日も時間の問題だと思っていたので、この傷病手当という制度があると知って、仕事を辞める決意をした。
 別の精神科医に行くことはオーバードースを助長させる狂気の試みであったが、結果的にはこの情報を知ることができて、とりあえず私は救われたことになる。人生というものは、どんなことで道が開かれるかわからないものだ。行きづまったら、今までとは違う行動をとってみるというのも、道を開く上で有効な手段であるということがわかった。
 こうして、先月、会社を辞めた。ちょうど2年勤めたことになる。私の今までの人生でもっとも辛く苦しい日々であった。
  最初は、一ヶ月も休養すれば改善するだろうと思っていたが、すでにもう一ヶ月半ほど、一日の大半を横になって過ごしているが、いっこうによくならない。むしろ、重くなっているような気さえする。とにかく、何もする意欲が湧かない。食事や入浴さえもおっくうになる。ちょっと神経を使うようなことをすると短時間でぐったりしてしまう。ブログなどの文章も書けない。ただ、多少の波があり、比較的調子のよいときもある。いまこうしてブログが書けているのも、今日は比較的調子がいいからなのだが、それでも大きな努力を必要とし、ウツ独特の落ち込みと闘いながら書いている。

 前にも書いたが、ウツの苦しみは経験した人でないとわからないと思う。深い悲しみ、寂しさ、絶望感、虚しさ、とにきは生き埋めにされたような耐え難い息苦しさに襲われる。暗黒の世界にひとり取り残されたような孤独感、いてもたってもいられないほどの強い不安感・・・。
 私のように過去何回かウツを発症させ、抗うつ剤も効かず、長期に渡って治らないウツは「難治性ウツ病」と呼ばれる。難治性鬱病の3分の1は自殺してしまうと、どこかの本に書いてあった。
 確かに、このような拷問のような苦しみを、今日も明日もあさっても、場合によっては何ヶ月も何年も毎日毎日味わわなければならないとしたら、本当に死んだ方がマシだと思う。そして実際、私は一時期、本気で死ぬことを考えていた。どこでどのように死のうかと、かなり具体的に考えていた。
 しかし今は、これも私に課せられた試練だと思って耐えるようにしようと思っている。この苦しみが、神の試練によるものなのか、過去のカルマの報いによるものなのか、魂を磨くために自ら計画したものなのかはわからないが、とにかくこの苦しみを耐えることが求められているのだと思う。また、もし私が自殺してしまったら、今まで「地上人生は魂を鍛えるためのトレーニングジムだ」などと、本やブログに書いたり、セミナーで言ってきたことが嘘になってしまう。私は皆さんをだましたことになってしまう。
 かといって、私はウツの人が自殺したからといって、その人を責める気持ちはまったくない。最近では、ウツ病の人が自殺しても、それは「自殺」ではなく「病死」だと考えるという機運が高まってきている。実際、そうだと思う。単にウツの苦しみから解放されたいという動機だけでなく、ウツという病気は、「自分という存在を消してしまいたい」という、健康な人から見ると奇妙な願望が非常に強くなってくるのだ。それはしばしば抵抗しがたいほど強烈になってくるので、死ぬということがまったく怖くなくなるどころか、甘美なことのようにさえ思えてしまう。そうして何らかのきっかけで自制心を失い、いわば衝動的に自ら命を断ってしまうのだ。私自身も正直なところ、今は死ぬつもりはないが、これ以上、何らかのストレスが積み重なったら、「絶対に死なない」とまで断言できる自信はない。正気を失って死んでしまう可能性が決してないとはいいきれない。

 まだ他にも書きたいことはたくさんあるのだが、ここまで書いてきて具合が悪くなってきたので、今回はこのへんで終わりにしたい。いずれにしろ今の私は、社会的には無職で何の役にも立たず、ベッドや椅子の上で一日じゅうぐったりしながら苦しみにじっと耐えているだけの、まるで死人のようになってしまった。若ければそれもよい経験として後に活かせるだろうけれども、年齢も50代の半ばに来てこのようなありさまでは、社会的には完全な敗者であり、それをブログに書くことは、わざわざ「生き恥」をさらしているようなものである。しかし、この私の体験が、皆さんにとって何らかの参考にでもしていただけたならば、たとえ敗者といえども少しは存在価値があるかなという思いがあり、こうして文章を書いている。
 苦しみのなかで、過去のさまざまな出来事が断片的によみがえってくる。私の人生を振り返ったとき、楽しいことも幸せを感じたこともあったけれども、大半は苦闘と失望の連続だったことに気づく。そういったものが積み重なって、ついに限界がきて倒れてしまったのだと思う。ちょうど、ボディブロウをさんざん浴びせられてきたボクサーが、耐えきれずダウンしてしまったような感じだ。
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