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心の治癒と魂の覚醒

        

クリスマスによせて


 今年もクリスマスがやってきます。クリスマスは、本来はクリスチャンがイエスを偲び、彼の教えを再確認する日であると思うのですが、今では単なるお祭りに過ぎなくなりました。
 クリスマスの日に寄せて、私が聖書の言葉の中でもっとも好きな、また、もっともイエスの教えを表していると思う言葉を、以下に抜粋してお贈りします(英語版の聖書から私が訳したものです)。

コリント人への手紙 第1-13章

たとえ、私が人の言葉、天使の言葉で話したとしても、
愛がなければ、
やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。

たとえ、私が預言の才能を持ち、またあらゆる奥義とあらゆる知識に通じ、
山をも動かすほどの信仰を持っていたとしても、
愛がなければ、
何の価値もありません。

たとえ、すべての財産を貧しい人たちに分け与え、
自分のからだを焼かれるために捧げたとしても、
愛がなければ、
何の役にも立ちません。

愛は寛容であり、愛は親切です。
妬むことをせず、自慢せず、高ぶりません。
礼儀に反することをせず、利己的にならず、怒らず、
人のあやまちを記憶にとどめません。

不正を喜ばず、真理を喜びます。

愛は決してあきらめず、その信念と希望と忍耐は決して色あせません。
愛は永遠です。
預言は一時的なものであり、異言ならばやみ、知識ならばすたれます。

なぜなら、私たちの知識も預言も一部分だからです。
完全なものが現われたら、部分的なものは消え去ります。

私が子供であったときには、子供らしく話し、子供らしく感じ、子供らしく考えました。しかし大人になった今、子供らしい生き方は失われてしまいました。

今、私たちは鏡に映して見るようにぼんやり見ていますが、その時には、顔と顔を向き合わせて見るでしょう。
私の知るところは、今は一部分にすぎません。しかしその時には、私が完全に知られているように、私も完全に知ることになるでしょう。

このように、いつまでも残るものは、信仰と希望と愛です。
その中でも一番偉大なものは、愛です。


※信仰と希望と愛がキリスト教ではもっとも重要視されていますが、この三つのなかで「愛」が一番偉大だと言っています。信仰よりも、愛の方が偉大だと言っているのです。

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