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心の治癒と魂の覚醒

        

自分と運命を変えるための大切な作業


 例によってまずはご報告とお知らせから。
 今月21日と22日、イデア ライフ アカデミー瞑想教室第9回「袁了凡に学ぶ無条件の生き方と瞑想」というテーマで授業を行いました。袁了凡(えんりょうぼん)は中国、明の時代の人で、易の達人から不吉な運命を宣告され人生を諦めますが、禅の高僧から運命転換の方法を伝授され、見事に運命を好転させたという人物です。しかし単に運命を好転させたというだけの話ではなく、そこに、真の瞑想をする上での貴重な教訓を学ぶことができるのです。瞑想をしていると、さまざまな雑念に悩まされますが、その雑念を取り払うために、おそらくもっとも効果的な方法を、袁了凡から学ぶことができます。運命を好転させたい人、深い瞑想状態を達成したい人は必見です。ぜひダイジェスト版をご覧になってください。
 瞑想教室第9回動画(ダイジェスト版)

 次回10月と11月の哲学教室は、今回の袁了凡の話と密接な関係がある「易」について紹介します。「易経に学ぶ運命法則」というテーマで、易の哲学から実践までを解説する予定です。易は人生百般、あらゆる悩み事に対する的確な答えを出してくれます。易は人生という道を照らす灯火とも言えます。易を学んでおいて損はありません。易は人生最強の武器となるでしょう。ご参加、お待ちしています。
 参加ご希望の方は「斉藤啓一のホームページ」まで

 さて、本題に入ります。
 冒頭でご紹介したように、袁了凡は積善を重ねるという「禅の修行」によって運命を好転させたわけですが、その際に取り入れたのが、師匠の雲谷(うんこく)禅師から伝授された「効過格表」です。これは、どのような行為が積善で、どのような行為が積悪になるか、それぞれ50ずつ具体的に記したもので、いわばバランスシートということになります。たとえば、「こういうことをするとプラス1点」とか「プラス5点」、「プラス50点」というように、あるいは「こういうことをするとマイナス5点」といったように書かれてあるのです。袁了凡は、これに基づいて積善を重ねていったわけです。毎日必ず、一日の終わりに自分の行為を振り返り、積善と積悪の両方を考慮して点数をつけていきました。今日なじみのある言葉で表現すれば「ポイント」ということになるでしょうか。
 そして、とりあえず、3千ポイントをゲットすることを目標にしたのです。彼はこの目標を達成するのに十年かかりました。その後も引き続き3千ポイントをめざしたのですが、今度はもっと早く達成することができました。やはり、積善という行為も、慣れといいますか、熟達といいますか、続ければそれだけやりやすくなるのでしょう。また、彼が役人として出世して権力を持ったことも大きな理由のようです。というのも、権力があれば、大きな積善ができるようになるからです(逆に大きな積悪をしてしまうことにもなりかねませんが)。

 それはさておき、私たちの参考になるのは、袁了凡が自らの積善をポイントという具体的な数値に換算して記録していったことです。
 何をするのもそうですが、「具体的な数値に換算して記録する」ことは大変に重要です。たとえば会社組織は必ずこれを行っています。毎月、どれくらい売上があって、どれだけ経費がかかったかなど、漠然としか把握していない経営者はいないでしょう。しっかりと具体的な数値として記録しています。そうすることで、どれくらい利益が出ているのか、どれくらい会社が発展しているのか、また、今後、さらに発展するにはどうすればいいか、といったことを知るための貴重なデータになるわけです。
 会社の発展も、人間個人の発展も、そのやり方は基本的には同じではないでしょうか。
 すなわち、自分がどれくらい積善して発展しているのか、それを具体的な数値に換算して記録するということが、とても重要になってくるのです。ただ漠然とした感覚で自らの成長をめざしても、あまりうまくいきません。
 そこで皆さんに提案したいのは、袁了凡が行ったように、毎日必ず、一日の終わりに、自分の行為を振り返って、点数をつけることです。
 ただ、袁了凡が用いた功過格表にしたがって厳格な点数をつけるのは、かなり煩雑になるので、ある程度、感覚的な点数でもかまわないと思います。
 具体的にはこうします。
 善いことと悪いこと、それぞれ5点評価とします。すなわち、
 善いことに関しては、5点=大変に善いことをした。4点=善いことをした。3点=そこそこ善いことをした。2点=少し善いことをした。1点=わずかに善いことをした。
悪いことに関しては、5点=大変に悪いことをした。4点=悪いことをした。3点=そこそこ悪いことをした。2点=少し悪いことをした。1点=わずかに悪いことをした。
 そうして、善い点数と悪い点数をノートに記入し、その差(積善ー積悪=)を出します。たとえばこんな具合です。
 「今日は、電車でお年寄りに席をゆずったり、仕事で失敗した同僚を励ましてあげたりしたから、全体としてプラス4点。しかし、ちょっとしたことで腹を立てて部下にきついことを言ってしまったので積悪が2点、合計で今日の評価はプラス2点」。
 ときには、マイナスの点数になることもあるでしょう。人によってはマイナスになる日の方が多くなるかもしれません。
 そして、ノートに今日の日付と点数を記入します。その点数を一週間で集計し、一ヶ月で集計し、3ヶ月で集計し、1年で集計していきます。できれば、そうして出した数値をグラフにすると、より一層、自分の発展度合いがよく把握できるかもしれません。

 こうしたことを毎日続けることは、よほど向上心がないと難しいです。途中で飽きたり、馬鹿馬鹿しく感じられたり、やるのを忘れたりして、いつのまにかやらなくなってしまいます。だから、ほとんどの人は変われないのです。
 繰り返しますが、変わるためには、自分の成長度合いを具体的な形で評価できる数値的なデータがとても重要になってくるのです。
 たとえるなら、あなたは「自分株式会社」の社長になったようなつもりで、経営者の発想で、自分自身を評価することが大切なのです。そうして忍耐強く自分を分析・評価していくならば、人は必ず変われます。運命は必ず好転していきます。

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修徳の行 | コメント:0 | トラックバック:0 |

グルジェフが説く「人間が生まれた目的」 

 例によってまずはご報告とお知らせから。
 今月7日と8日にイデア ライフ アカデミー哲学教室第9回「グルジェフ 人と思想3」の授業を行いました。グルジェフの修行法の本質に迫ると同時に、グルジェフとは何者だったのか、可能な限りせまったつもりです。参加者の一人から「この教室のおかげでグルジェフという人を知ることができて本当によかった」との声をいただきました。まさに、グルジェフから私たちは生きるヒントをたくさん学ぶことができます。ぜひダイジェスト版の動画をご覧になってみてください。
 動画はこちらから
 10月と11月の哲学教室は、二回に分けて「易経に学ぶ運命法則」というテーマで行います。『易経』は、いわゆる易占いの文献ですが、実は単なる占いではなく、宇宙の法則と合一して君子(覚者)になるための、ある種の宗教経典なのです。授業ではそこに光を当てて深い意味を説明していくつもりでいます。
 そして、グルジェフにしろ易経にしろ、それを実践レベルにまで落とし込もうとする授業が、瞑想教室です。哲学だけでは頭でっかちになってしまいます。瞑想することにより、地に足の着いた実践的な力が養えるのです。人間の成長にとってはこの両輪が必要なのです。瞑想教室もぜひよろしくお願い致します。
 参加ご希望の方は「斉藤啓一のホームページ」まで
 
 さて、本題に入ります。
 私が物心ついたときからずっといつも考え続けていることは、「人間が生まれた目的は何か?」ということです。
 最初、この疑問にしっくりとした回答を与えてくれたのが、古典的なスピリチュアリズムです。具体的には『霊の書』、『シルバーバーチの霊言』などの本であり、また神智学の思想です。こうした教えのエッセンスを簡潔に説明すれば、「人間は輪廻転生を繰り返しながら、過去のカルマを清算していき、立派な人間へと進化していく。そして十分に立派になると地上には生まれ変わらず、霊界でさらに成長のための修行をする。そのために生まれてきた」というものです。

 しかし、こうした教えは一見するとよく構築されているように思われるのですが、細かい点をつきつめていくと、やはり今ひとつ完全に信頼するには疑問が残ってくるのです。霊界や生まれ変わり、カルマの法則は本当に存在するのか? という疑問が生じてくるのです。
 その点についてグルジェフは、通常の人間は生まれ変わりは存在しない、と語っています。神智学によれば、人間は誰でもアストラル体(霊的なからだ)を持っていて、死んで肉体を離れるとアストラル体として霊界で生き続けると説いていますが、グルジェフは、アストラル体は覚醒の修行を熱心にすることで形成されるとして、そうしてアストラル体を形成させた者だけが死後も霊界で生き続け、そうした修行をしていないほとんどの人間は、肉体の死とともに消滅すると言っています。ちなみにグルジェフは、神智学をはじめとするスピリチュアリズムを「精神病者たちのワークショップだ」などと、かなり辛辣な批判をしています。

 グルジェフは、霊界だとか死後の生といった、地上の現実世界と遊離した領域に関する教えはほとんど説いていません。グルジェフの教えは、あくまでもこの現実世界における人間の心理的な変革に焦点を当てています。
 グルジェフによれば、人間が生まれた目的は、惑星のエネルギーを月に送るための媒体にするためであると言っています。月は、人間が生み出すさまざまな想念を”食う”ことで進化しているというのです。といっても、これだけの説明ではわからないと思いますし、私も正直なところ、その説を理解したとは言えないのですが、要するに、人間のために宇宙が創造されたのではなく、宇宙の創造進化を達成させるために人間が創造されたというのです。スピリチュアリズムにしろ神智学にしろ、あるいはキリスト教もそうですが、あくまでも人間が主人公であり、自然や宇宙は人間のための舞台のような位置づけをしているのですが、グルジェフは反対で、主人公は宇宙であり、その進化であって、人間はそのための、ひとつの歯車にすぎない存在だというのです。ですから、人間が天災や戦争で何十万人死のうと、月は残りの人々の想念を食って成長できるので、人類が全滅しない限り、問題はないというのです。

 グルジェフのこうした思想が事実だとすれば、「人間が生まれた目的は何か?」という疑問に対する回答は、私たちが期待しているようなものとはならないようです。たとえば、私の住んでいるところには田んぼがたくさんあり、この時期になると、オタマジャクシから成長して陸にあがった数多くのアマガエルを見かけるのですが、そのなかで、越冬して来年まで生きることができる個体は、ほんのわずかしかいません。具体的な数はわかりませんが、千匹に一匹いるかいないかでしょう。ほとんどのカエルたちは、他の生き物に捕食されて死んでしまいます。あとは、エサが食べられずに餓死したり、人間やクルマに踏みつけられて死んでしまうのです。
 そうなると、ほとんどのカエルたちにとって「生きる目的は何か?」ということを考えると、他の生き物に捕食されて生態系を保つことにある、となるでしょう。もし個々のカエルに、人間のような心があるとしたら、「生態系を維持する目的で捕食されるために生まれてきた」なんて言われたら、ものすごくショックで絶望的になってしまうでしょう。
 しかし、グルジェフの思想を拡大解釈すると、こういう結果になるのです。
 「カエルと人間は違う!」と反撥されるかもしれませんが、カエルの世界という小さな自然界がそうなっているのなら、人間という大きな自然界も、同じ原理が支配している可能性は十分にあるのではないでしょうか。
 すなわち、私たちは生態系を保つために大量に発生しているカエルのようなもので、宇宙という生態系を保つ目的で生まれてきたのです。スピリチュアルや神智学が言うような、個人の生きる意味といったもの、カルマの法則、霊的成長のための生まれ変わり、といったことなどは、存在しないのかもしれません。宇宙という巨大な生態系にとっては、人類そのものが絶滅しなければいいのであって、いちいち個人の生きる目的などといったものが存在すると考えるのは、人間の勝手な願望が投影された幻想にすぎないのかもしれません。
 さて、果たして真実はどうなのでしょうか? 私にもわかりません。
 私の探求はまだまだ続きます。

霊界と生まれ変わりの真実 | コメント:2 | トラックバック:0 |
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