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心の治癒と魂の覚醒

        

覚悟力を鍛える

 まずはご報告とお知らせから。
 今月、3月21日/22日にイデア ライフ アカデミーの瞑想教室が開催されました。テーマは「人格障害と瞑想」です。私たちは、誰もが多少は、人格障害の傾向を持っています。ただ程度によって「精神疾患」に分類されるか、健常レベルで許容されるかの違いだけです。人格障害というのは、つまりはエゴのことです。したがって、エゴという汚れを落とすために、人格障害について理解することが大切になってきます。授業では、人格障害について説明する前に、「何のために瞑想するのか」というテーマで話をしています。瞑想には2つの目的があります。ひとつは「地上的な欲望を満たすための瞑想」であり、もうひとつは「地上世界を脱出するための瞑想」です。世に出回っている瞑想の多くは前者のようですが、イデア ライフ アカデミーでは後者の瞑想を目的にしています。というのも、私たちが地上に生まれてきた目的は、人格を高めて地上を卒業するためだと考えられるからです。ぜひダイジェスト版動画をご覧ください。
 動画視聴
 次回は哲学教室(4月18日/20日)で、「原始仏教2 真の仏教とは」です。釈迦の教えの核心である八正道について解説します。
 参加ご希望の方は「斉藤啓一のホームページ」まで
 なお、ホームページ内のイデア ライフ アカデミーの紹介ページを充実させました。イデア ライフ アカデミーは何をめざしているのか、明確にしています。こちらもぜひご覧いただければ幸いです。

 それでは本題に入ります。
 世界は、新型コロナウイルス一色になりました。つい、2、3ヶ月前までは、私たちは比較的平穏に暮らしていました。その頃から見れば、世界があれよあれよという間にこんな状態になってしまうとは、誰が想像したでしょうか。とりわけイタリアなどは、悪夢ともいうべきものです。こうしたことは、おそらく百年に一度あるかないかくらいの人類の試練かと思われますが、いずれにしろ、この地上世界は「一寸先は闇」だということを、あらためて実感させられました。
 イタリアは悪夢と申し上げましたが、新型コロナウイルスとの闘いは始まったばかりです。日本もイタリアのように医療崩壊が起きて大量の死者が出てくる可能性は少なくありません。しかし、日本の国民の多くは、まだまだ危機感が少ないように思われます。人間というものは、あまりにも非日常的な出来事が現実に起こり得るということに関して、現実感が湧かないのです。あるいは、そういう可能性から目を背けたいために、あえて否定的な態度をとったりします。「自分だけは大丈夫だ」という、根拠のない自信を懐く人もいます。

 最初、アジアで新型コロナウイルスが蔓延した時、欧米諸国は「対岸の火事」のように思っていたふしがあります。しかし、あっという間に、自分たちが炎に巻き込まれてしまいました。現在、同じように、イタリアで生じている悲惨な状況に対して、私たち日本人は、なんとなく「対岸の火事」のように思っているのではないでしょうか。しかし、イタリアで生じている状況は、明日の日本であると思っておいた方がいいと思います。「明日は我が身」、このような姿勢で臨まないと、大変なことになると思います。さらに、イタリアの悲惨さが、今度はアメリカに飛び火する可能性があります。そうなると、大量の死者の上に、強奪や犯罪や暴動が起き、イタリア以上の阿鼻叫喚の地獄となるかもしれません。
 さらに、新型コロナウイルスのやっかいなところは、経済的な打撃が深刻だということです。不景気になると自殺者の数が増えますが、これから待っている経済的な打撃は、「不景気」どころではないでしょう。それこそ大量の自殺者が生じる可能性があります。
 世界が新型コロナウイルス、および、それがもたらした経済的な打撃から立ち直るには、相当の時間がかかるでしょう。したがって、これから、何が起こってもおかしくないという覚悟をしておいた方がいいと思います。今日のような危機的な状況において大切なことは、「どんなことが起こっても受け入れる」という覚悟です。
  
 覚悟を決めた人間は、強くなります。取り乱したりパニックになったり、右往左往してしまうのは、覚悟をしていないからです。最悪の事態を覚悟してしまえばいいのです。たとえば、死ぬ覚悟ができれば、死を前にしても冷静でいられます。冷静でいられれば、最善の行動がとりやすくなります。結果的に、今回の災厄から脱出する道筋が早く開かれていくでしょう。
 もちろん、そのような覚悟は、急にできるものではないでしょう。したがって、今のうちから、少しずつ覚悟を決めておくようにすることです。いたずらに不安を煽るつもりはありませんが、新型コロナウイルスには未知なるものが多く、また、こういうタイプの経済的な打撃を人類は経験していません。つまり、今後、どうなるのか、誰にもわからないのです。わからない敵を相手にするときは、最悪の事態を想定して闘うのが原則です。
 今回の災厄をきっかけとして、「最悪の事態を覚悟する」ことができるようになる、いわば「覚悟力」を、鍛えることができるようになれば、強い人間になれます。たとえ今回の災厄が去ったとしても、人生にはさまざまな障害や困難がつきものです。そのとき、今回の災厄で鍛えた覚悟力が、おおいに役立つときがくるでしょう。

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