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心の治癒と魂の覚醒

        

ギヤのチェンジ


 今月のイデア ライフ アカデミーは、「クザーヌスの思想」というテーマで行いました。クザーヌスは中世のキリスト教哲学者で、知性による神の探求を説きましたが、その背後には深い意味が隠されており、禅や仏教に通じるものがあると私は考えています。いわゆる学者の定説とは違ったことを主張していますが、興味のある方は、ぜひダイジェスト版をご覧ください。
 動画視聴

 さて、今まで私が主催してきたイデア ライフ アカデミーですが、もう5年以上にわたり、1月をのぞく毎月、授業を行ってきました。自分で言うのもなんですが、これだけの内容の授業を、中断することなく毎月よくやってこられたなと、感心しています。
 この5年間、私の日々は、ほとんど授業の準備だけで費やされてきたといっても過言ではありません。ひとつの授業が終わって次の授業までの一ヶ月間、本を注文したり図書館から相応の量の本を借りてきて読破し、次に授業の構想やアイデアを練り、スライドを作り、テキストを作り、リハーサルを行い、動画を編集してアップし、告知し、他にも教室に関する雑用をするなど、自分の能力の限界ぎりぎりの生活をしてきました。

 今までの人生を振り返ると、自分の限界ぎりぎり、ときにはそれ以上のことをしてきたように思います。そのためにずいぶん苦しんだりもしましたし、失敗もしましたが、おかげでずいぶん鍛えられたように感じます。若い頃は、自分の限界以上のことに挑戦していくくらいの方がよいと思います。若いときは「伸びしろ」がまだまだあります。若い頃に安易な生活に甘んじていたら、可能性を伸ばすことはできません。

 しかし、人間、歳には勝てません。さすがに私も年齢を重ねるごとにきつくなってきました。5年前はもっと体力も気力も脳力もありましたが、じわじわと衰えてきたのを感じます。今までの出力を百%とすると、70%くらいになった感じです。
 かつては、年齢による衰えを認めるのがイヤで、いつまでも若々しくバイタリティ溢れる人間でいたいと望んできました。若く見られたいという願望もありました。これは私だけでなく、ほとんどの人は同じではないかと思いますが、老いることを憎み、老いと戦ってきたようなところがあります。
 でも今は、考えが変わりました。老いというものは、戦うものではなく、静かに受け入れるものなのだと悟りました。老いて劣化した肉体や脳を、若い頃のように酷使し続けていたら、深刻なダメージを受けてしまうでしょう。

 また、今さら若く見られて、どうするというのでしょう。肉体などは魂の着る服にすぎないのだから、肉体が若いと褒められても、服を褒められるのと同じです。タレントや俳優などのように、ルックスが大切な仕事をしている人は、若く見られるように努力することは必要かもかもしれませんが、そうでなければ、若く見られることに、それほどのメリットはありません。ただ単に自己愛を満たす程度です。老人になっても、清潔感があり人を不愉快な気持ちにさせるようなことがなければ、年齢相応の老いた姿であっても、何の問題もありません。
 
 いずれにしろ、体力と脳力という理由から、来年からは、イデア ライフ アカデミーの授業日数を少し減らすことにしました。二ヶ月授業をして一ヶ月休むというサイクルにします。具体的にいうと、1月は休み、2月3月に授業をして4月は休み、5月6月に授業で7月に休み、8月9月に授業で10月に休み、11月と12月に授業、という感じです。
 このようなスケジュールであれば、何とかやっていけそうな気がしています。また、多少は、授業以外のこともできるゆとりが生まれそうです。

 このように、「ギヤをひとつ落とす」ことにしました。すなわち、自転車にはギヤをチェンジするレバーがついています。坂道を登るときは、ギヤを落とさないと登ることができないでしょう。これと同じような感じです。体力があればギヤを落とさずそのまま坂道でも登れたかもしれませんが、老いて体力が落ちたので、さすがにギヤをひとつ落とさないと登れません。さらに年齢を重ねたら、二つくらい落とさなければならなくなるでしょう。

 したがって、今後は生活全般にわたって無理をしないようにしました。疲れてぐったりするほど運動したり仕事をするのはやめました。また、寒くなったら無理せず暖房器具で体を暖かくするようにしました。若い頃は、寒さなんかに負けてたまるかなどといって、真冬に水を浴びたりしていましたが、今はもうそんなことはできません。目安として、70%の力を発揮すればできるというスケジュールでやることにしました。

 でも、老いることは、悪いことばかりではありません。
 私の感覚でいうと、ひとつだけ衰えない、むしろ、ますます高くなったものもあります。それは「洞察力」です。いろいろな物事の本質を理解する能力が、若い頃より格段によくなった気がするのです(単に錯覚かもしれませんが)。
 これは嬉しいことです。今後は、せっかく高まったのだから、この洞察力をうまくいかせるような人生を送っていきたいと思っています。
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