心の治癒と魂の覚醒

        

ゴーピ・クリシュナの覚醒体験

 覚醒した意識状態というものは、実際に覚醒して体験しなければ、それがどのようなものなのかはわからないのだと思います。また、体験できたとしても、それを言葉で伝えることは、とうてい不可能であるといわれています。
 しかしそれでも、実際に体験した人から発せられる言葉から、覚醒した意識がどのようなものなのか、おおよそでも想像したり、頭に描くことができるはずです。
 そして、そのことは、決して楽ではない覚醒の道を歩む私たちにとっての、大きな励みになると思うのです。
 そこで、実際に覚醒を体験した人の話を、少し紹介してみたいと思います。
 今回、取り上げるのは、ゴーピ・クリシュナというインド人です。
 この人は、17歳のときから瞑想を始め、35歳でクンダリニーが覚醒し、一時的に宇宙的な覚醒体験をするのですが、しっかりとした心身の準備ができていないのにクンダリニーが覚醒してしまったため、その後は、25年にもわたって心身のひどい不調に苦しむ経験をしました。
 しかし、主に食物のコントロールをうまくすることで苦しみを癒していき、しだいにクンダリニーのエネルギーに耐えられる心身に変わって、晩年は健全な形で覚者となったようです。
 ゴーピ・クリシュナがそんな自らの体験を語った本は、彼自身の科学者的な探求態度や記述の仕方が非常に明解であり、覚醒という現象を客観的に理解する上では、非常に貴重な文献であると思います。今後、このブログでも、この人については取り上げていきたいと思っておりますが、とりあえず、彼の経験した覚醒意識についての記述を、少し長くなりますが、以下に紹介いたしましょう。
 これを読みますと、覚醒をめざしている私たちは人間として本来あるべき正しい道を歩んでいるのだと励まされますし、なんとしても覚醒というゴールに到達したいという情熱をかきたてられます。

*** ゴーピ・クリシュナの覚醒体験 ***

『クンダリニー』ゴーピ・クリシュナ著 中島巌 訳 平河出版社 1980

「肉体と環境に束縛されていたはずの自分の存在が、名状しがたい形で、とてつもなく大きな人格として拡大し、自分のまわりにある宇宙が不思議にも内在する感じがして、意識そのものといえる大きな宇宙と自分が、自分の内部ですぐさま直接に接触できるのであった。自分の肉体、自分の坐っている椅子、自分の前にある机、壁に囲まれた部屋、外の芝生、さらに大地と空となおその先に続く宇宙空間、そうした具体的なものが、現に実在し、相互に交叉浸透しあって、あたり一面にみちみちている存在の大海の中で、きわめてはかない、影の薄いもののように思えたのである。
 最も信じがたい部分をできるだけ説明してみると、この存在の海は、際限なく四方八方に途方もなく拡がりながら、同時に、無限に微小な点よりもなお小さいのである。自分の肉体とか環境をいっさい呑みこんでいる全体的存在は、この不思議な点から放射されるようにして流出したものにほかならない。これをたとえていえば、針穴よりも小さな映写機で無限大の銀幕に投射した、考えられるかぎりの宇宙と同じぐらいの大きさの映像ともいえるのであって、きわめて活発で巨大な世界像も、その微小点から放射される光線に依存しているのである。
 それは類例のない、たとえるのも難しい、目くるめく驚くべき体験で、頭で考えたり、感覚器官で知覚したりできる、現世に帰属するありとあらゆるものを超絶した体験であった。広さや輝きの点ばかりでなく、実存性と実体性の点でも、自分の眼の前にある宇宙そのものをはるかにしのぐ、きわめて濃密にして強大な意識をもつ素晴らしい存在を、私は自分のうちに強く実感していた。
 創造や崩壊、不断の変化によってたえまなくゆれ動く現象的世界が舞台の背景に移行し、大きく強くうねる生命の大海にただよう気泡の、薄いこわれやすい膜のように見えていた。別のいい方をすると、無限に大きい意識の太陽の前にある、きわめて稀薄な蒸気のベールが現世なのである。そこでは、世界と限りある人間の意識との関係が完全に転倒していた。それ以前には、すべてを威圧するように思われた宇宙がきわみてみすぼらしい外見を呈し、以前には肉体に囲まれてびくついていた意識の小点が壮大な宇宙空間いっぱいに拡がって、貴重な宝物のつまった崇高な尊像に見えてきた。そしてその前では物質的宇宙も、すぐ消えてしまう小さな付属器官のような従属的存在になってしまっていた。
 私がこの半恍惚状態から覚めたのは一時間半ほどしてからである。しかし、その間、私は崇高壮麗な光景に接し、自分の存在が根源までもゆり動かされ、その強烈な体験の中で、時間の経過も普通の生活をしてきたことも忘れていた。この間、おそらく内的外的な刺戟によって自分の肉体と精神の状態に変動があったためであろうと思われるが、実相界への到達深度が比較的深い時と浅い時とがあった。これは時間の流れではなく、実相の内在状態によって判別される。
 最深の状態に達したところでは、畏敬と歓喜の念を起こさせる全智全能にして絶対なる不動、空漠にして無形なる実相界が顕現し、そこで物質的世界と意識的実在界との見えざる境界線が消滅して、この二者が一つに融合する。広大な大洋が一滴の水に吸収され、壮大な三次元的宇宙が一粒の砂に併呑される。森羅万象の知覚者も知覚対象も、観察者も観察対象もすべて表象すべからざる、考慮すべからざる、いかなる言語も記述すべからざる延長なき空に帰するのである。
……
 この超感覚的境界にいってくるたびに、いつも私はその神秘と驚異に庄倒された。この世のこうした体験以外のすべて、われわれの考えるあの世のすべて、自分の人生のこれ以外のあらゆる事実や出来事、歴史上の重要な事件、あらゆる野心と欲望、自分という存在の生と死、これらいっさいのものは、この名状しがたい栄光、深遠なる神秘、驚嘆すべき生命の大海の想像を絶した拡がりに比べると、まことに瑣末にして陳腐なものにみえてしまう。その大海の岸辺に、私は時時近づくことを許されていたのである」
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コメント

こんにちは、斉藤さん。
私はクリシュナ氏のエピソードを読むたびに恐怖を感じます。
神秘的な修行を続ける中で突然、クンダリニーが活性化して、心身がそれに耐えうるだけの用意がなければ、対応してくれる病院など皆無ではないでしょうか?
いったいどれほどの心身の状態になっていれば安全に覚醒できるのでしょうか?教えてください。
2010-06-23 Wed 12:27 | URL | ワタナベ [ 編集 ]
斉藤啓一です。コメント、ありがとうございました。
このようなご質問をされるお気持ち、よくわかります。多くの人が同じ不安を抱いておられるのではないかと思います。
クンダリニーを絶対に安全に覚醒させる方法というものが存在するのかどうか、私にはわかりません。たぶん、絶対という方法はないと思います。
したがいまして、勇気をもって、ある程度の危険は覚悟して望んでいかなければならないと思うのです。
しかし「なるべく安全に」クンダリニーを覚醒させる方法ならあります。詳しいことはで順次とりあげていくつもりですが、おおざっぱに紹介すると、次のようにするのです。

・ゆっくりと修行を進める。
・「安全に覚醒してください」、あるいは「安全に覚醒できる心身の状態となるまでは急に覚醒しないでください」とに声をかけながら修行を進める。
・十分に徳を積んでおく。
・瞑想や呼吸法よりも、信仰や精神的向上(というクンダリニー覚醒の修行)を熱心に行う。
・クンダリニーが覚醒した場合、そのエネルギーを脳天から解放できる通路を開いておく。

他にもまだありますが、いずれにしても、心身の健全さを十分に達成させていくことが何よりも必要であることはいうまでもありません。

クンダリニーが覚醒しても大丈夫なくらいの心身の状態について、確かな基準というものは一概にはいえませんが、肉体的にいえば、関節と筋肉が十分に柔らかくゆがみが極力ないこと、多少の寒暖や環境の変化などで体調が大きく乱れることはないことなどです。もちろん、病気などはない状態です。
精神的には、気分の変調が少ないこと、怒りや嫉妬やどん欲さなど感情を十分にコントロールできて、それに我を忘れて振り回されることがないこと、なにがあっても自分を明け渡せられるくらいの強い不動心や忍耐心があること、などです。

ただ、ほとんどの人の場合、ちょっとやそっとでクンダリニーが目覚めることはまずないので、心配はいりません。
 むしろ、そのくらい熱心かつ長期にわたって修行を続けられるのであれば、クンダリニーが活性化して多少の問題が起こったとしても、乗り越えていくことができるはずです。
ゴーピクリシュナの場合、クンダリニーの覚醒についてあまり知らず、そのための準備もしていなかったというのが、あのように大きな苦しみをもたらした大きな原因だと思います。
修行に励みながら、クンダリニーが覚醒したときも対処できる心身を今から時間をかけて作り上げながら修行していけば、まず大丈夫だと思うのです。もちろん、「絶対」ということはありませんが。






2010-06-23 Wed 14:38 | URL | 斉藤啓一 [ 編集 ]
はじめまして、こんにちは^^

もし、クンダリーニ覚醒を目指すのであれば、仙道を行なうほうがより安全だと思います。

というのは、いわゆるクンダリーニ覚醒において肉体的に危険な体験をした人たちというのは殆どがヨガや瞑想を行っていて覚醒してしまった人たちだからです。だからインド人に多いんですね。仙道ではちゃんと段階を経てクンダリニーを覚醒させるので、悲惨な体験をあまり聞きません。
私は性エネルギーが体内を上昇する体験をして以来、仙道をはじめました。
小周天をずっと行なっていれば、大周天(クンダリニー覚醒)が起きても危険はそれほどないと思います。
常に性エネルギーを背骨にあげて気脈を開いておくからだと思います^^
だから、クンダリニーが体に詰まって抜けない・・・などということなどはないと思います。

2011-07-28 Thu 13:37 | URL | ゆり [ 編集 ]
斉藤啓一です。ゆりさん、コメントありがとうございました。
確かに、仙道のように、少しずつ気脈を開いていく練習を積んだ方が、危険は少ないと思います。
覚醒のために有用だと思ったら、いろいろな手法を取り入れていくといいと思います。
2011-07-28 Thu 15:23 | URL | [ 編集 ]
okuです。斉藤先生こんにちは。いつもお世話になっております。ゆりさん初めまして、今回は非常に興味深い話しを聞かせてくれてありがとうございました。是非自分も参考にさせていただきます。
2011-07-28 Thu 21:32 | URL | oku [ 編集 ]
そこには、左脳の世界があって、霧の中にいるみたいで、その左脳の世界がなくなって行った時・・・自分も時間もなくて、何全てが繋がってて、自分の頭の中だったのか、目の前でビックバーンみたいなのが、見えて右脳から膜の用なものがかかってきて・・・その後は、全てリアルに見えるというか、死んでいるように見えます。

私は消えたみたいです。遠くにいるといか、近くにいるというか、2次元の世界で生きている感覚で、目に見えるものの、境界が、分からないというか、聞こえるもののの境界が分からないというか、どこまでが私なんだろうって感じ。

左脳を失ったら人間の終わりです。
2012-03-05 Mon 15:20 | URL | めぐ [ 編集 ]
斉藤啓一です。めぐさん、これはご自身の体験なのでしょうか? コメント、ありがとうございました。
2012-03-05 Mon 15:35 | URL | [ 編集 ]
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2012-03-05 Mon 23:31 | | [ 編集 ]
はい。急に起こった体験だから覚えてます。
2012-03-06 Tue 15:48 | URL | めぐ [ 編集 ]
斉藤啓一です。めぐさん、コメントありがとうございました。なるほど、ご自身の体験なのですね。
脳科学者の書いた『奇跡の脳』という本があります。めぐさんの体験に似ているかもしれません。近いうちにこのブログでこの本を紹介したいと思います。
2012-03-06 Tue 15:59 | URL | [ 編集 ]
YouTubeで見たことがあります。本当に同じような感じだなぁって。

沢山いるんですよね。今ここしか生きてない世界の人って。

自分が体験して気づきました。
2012-03-06 Tue 16:43 | URL | めぐ [ 編集 ]

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