心の治癒と魂の覚醒

        

 今回の大地震で思ったこと

 昨日、観測史上最大規模のエネルギーによる大地震が起き、東北地方の湾岸地域は津波によって壊滅的な被害をもたらし、関東地方にも甚大な被害をもたらしました。私が住んでいる埼玉県も震度5強の揺れが起き、私は自宅にいたのですが、棚から物がバタバタと落っこちてきました。その揺れの激しさにも驚きましたが、揺れが長く続くのにも驚きました。棚を押さえながら地震が収まるのを待つしかできませんでした。
 実はこの日の朝、偶然にも、私は津波が来る夢を見ました。もの凄い高さの津波が押し寄せてきて、水が家の窓を突き破って家の中に入ってきました。その後、一人の男性が「私はこれから被災した人たちを助けに行かなければならない。だから、この子をよろしく頼む」といって、抱きかかえていた小さな男の子を私に渡すのです。その子を受け取ったとき、夢から目が覚めました。この夢はかなりインパクトがあったので、何か私自身に対する何らかの暗示的なものかと思ったのですが、もしかしたら、今回の大地震を予知したのかもしれません。

 それはともかく、これまで人々が住んでいた市町村が、文字通り一瞬のうちに壊滅してしまい、数百人もの人々があっという間に死んでしまいました。
 その光景をテレビで見ながら、人間の命というのは、はかないなと思いました。「命は地球より重い」といった言葉がありますが、この光景を見ると、現実にはなんと命はあっけなく、重いどころか、枯れ葉のように掃かれて廃棄されてしまう存在のように見えました。押し寄せてくる怖ろしい洪水に巻き込まれ、溺れて死んでしまった人たち、子供も大人も、お年寄りも、どんなに怖く、どんなに苦しかったことでしょうか。死んでいった人たちの中には、きっと必死に神様に救いを祈っていた人もいたと思いますが、その祈りは叶えられなかったわけです。神の視野から見れば、命といいますか、私たちが苦しんで死のうと死ぬまいと、そうたいしたことではないのかもしれません。人間の情からすれば、実に無情そのものです。神の救いは、地上の生き死にには関係ない次元でもたらされるとしか考えざるを得ませんが、まだまだ地上に幸せと安楽を求めるほとんどの人々からすると、それは何と厳しく、むごいものでしょうか。
 あるいは、別の見方を見れば、まさしく釈迦がいったように、この地上世界は「苦」を本質とする、この世界観こそ、私たちが受け入れるべきものではないのかと感じました。この世界が本質的に苦であることを、心の底から受け入れることは、現実にはかなり難しいような気がしますが、私たちはそれを覚悟しなければならないのかもしれません。
 このように見てくると、人間が本当に救われるには、やはり覚醒の道を歩むより他に道はないように思えてきます。今回の災害をきっかけに、より真剣に修行に励もうと思いました。

 この文章を書いている時点ではまだ詳細はわかっていませんが、原発の最悪の事故の可能性もあり、復興までには相当の時間がかかるでしょう。また、日本経済もさらに悪化することが予想されます。まさに、前途多難な状況に、私たち日本人は追いやられたことになります。
 ただ、私たちがこうした苦難に遭遇したということは、この苦難を受け入れて乗り越えていくこと自体が、広い意味では覚醒の修行なのだと思います。覚醒をめざす修行者は、いかなる事態に遭遇しても心の平静を失わないでいることが求められます。そして、勇気と高い志をもって、この日本が立ち直るために、人間としてやるべきことをしっかりとやる、それが今、私たちに求められていることだとも思うのです。
 私の勘ですが、今回の苦難をきっかけに、これから日本は、日本人は、すばらしくなっていくような気がします。被災された方は本当に気の毒で胸が痛みますが、長い歴史的な視野からこのときの苦難を振り返るならば、それは日本にとって、よいことだったという解釈もできるのかもしれません。それが神の計画なのかもしれません。
 それを希望に、今後、どのような苦難に遭遇しようと、乗り越えていこうではありませんか。
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コメント

横浜のものです。震度5強か5弱くらいのようでした。長く揺れていて、実際どうして良いのかわからない状態で、私は怖れの前に、地球の思いを受けとめようと思っていました。
アセンションは日本から始まると言われていたのが、これ!って、ニュースを観ながらだんだんと現実を受け入れていきました。
被災者の皆様の気持ちも痛いほどわかりますが、おっしゃるように、
この規模の災害や過去の被爆の体験も含めて、日本から、新しい社会システムが生まれるのかもしれないと思います。
日本人にとって、覚醒の大きなチャンス!とも思います。
2011-03-12 Sat 23:32 | URL | Olive [ 編集 ]
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2011-03-13 Sun 12:21 | | [ 編集 ]
地震津波被害で亡くなられた方々には本当に言葉になりません。お悔やみ申し上げます。
 僕は地震前前夜に津波の映画を見て津波の悲惨さを知りました。また金曜日に東京に行く予定が前日具合が悪くなり寝ていてキャンセルしました。普段の瞑想の影響もあるのかもと、不謹慎かもしれませんがニュースを見ながら思いました。
 ただその時間にたまたまそこにいたというだけで亡くなるという非条理。(神にとってはそうでないかもしれませんが。普段人の足を引っ張ったり、悪意のある人たちが被害にあって、善人が助かるならわかりますが、そうではない。)
 経験から、人は不幸になったとき、その体験から性格がよくなって思いやり深くなる人と、逆に自分がそうだからと他人を不幸にするため引きずりおろそうとしたり、弱者・敗者を苛める側にまわる人の二通りだと思います。
 傲慢さをへし折るために人間に試練を与えている、あるいは何かを知らせようとしているのでしょうか?もしそうなら修行も意味があるような気がします。
2011-03-13 Sun 18:33 | URL | うの [ 編集 ]
こんばんは、斉藤先生。シンポジウムお疲れ様でした。また、未曾有の大震災による被災者の方々に心からお悔やみ申し上げます。

三日間テレビに齧りついておりますが、「いつか来るだろう」と思われていた大震災が東日本を襲いました。原発の問題は未だ予断を許さない状態ではありますが、私たち日本人は、被爆国として、原発というものの在り方を考えるべき役どころを担わされているようです。今後、この国の結論が世界に与える影響に注目したいところです。

覚醒を目指すこのブログの視聴者のひとりとして、この大きな出来事から、神の計画のほんの一部でも汲み取り教訓とできればと、考えている次第です。
2011-03-13 Sun 20:32 | URL | ワタナベ [ 編集 ]
斉藤啓一です。以上の皆様、コメント、ありがとうございました。
悪人だとか善人だとかに関係なく苦難が押し寄せるこの災害には、本当に不条理なものを感じます。
しかし私たちとしては、与えられた状況をいかに活かしていくか、いまこの状況で自分は何をするべきなのか、ということを考え、努力していくしか、ないように思います。
厳しい苦難の道が前途にありますが、私たちはこの道を歩んでいくしかないのです。
いつか、この災害が「思い出」となる日が来るまで、ひたすら耐えてがんばっていきましょう。




2011-03-14 Mon 09:01 | URL | 斉藤啓一 [ 編集 ]

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