心の治癒と魂の覚醒

        

 戦国時代の幕開け

 専門家によりますと、今回の大地震は通常の地震とは異なるとのことです。
 通常の地震は、地盤が動いて、ある場所に歪みが生じ、その歪みのエネルギーが放出されるというものです。そうしてエネルギーが放出されれば歪みは解消され、もう地震はやってきません。
 ところが、今回の地震は、あまりにも大きな歪みのため、東北地方全体が東の方に移動してしまい、その結果、周辺の地盤にあらたな歪みが多数生じてしまったとのことです。
 つまり、地震が収束するどころか、新たに地震の種が蒔かれてしまったらしいのです。その歪みの大きさがどの程度のものかはわかりませんが、小さいものではないでしょう。それが今後どこで起こるかはわかりませんが、常識的に考えて、東北の近くで以前から大地震の可能性が指摘されていた場所が、やはり一番危ないのではないかと思います。
 しかし、東北から遠く離れた場所は安全かというと、そうでもなさそうです。なにしろ、東北地域という巨大な部分(離島を除いて日本の四分の一くらい?)が移動してしまったのですから、その歪みは関西から西の方にも及んでいる可能性はあると思います。東北地方も、もう地震は来ないということはなく、本震ほどの規模はないだろうといわれていますが、今後もまだまだ、かなりの規模の地震(余震)があると予測されています。
 しかもやっかいなことは、地震が起こるということは、同時に原発の事故が想定されるということです。地震の心配だけでなく原発の心配もしなければならないわけです。今回、最初の大きな余震で、福島以外の原発でも、原子炉を冷却する電源が一時的に、あるいは部分的にストップしてしまいました。こんなに脆弱だとは思いませんでした。福島原発は、ロシアの研究者によりますと、耐用年数が30年で、もう10年もそれをすぎて使用しているとのことです。他にも同じような古い型は、大きな地震や津波が来たら、ひとたまりもありません。そして今、そうなる可能性が非常に高くなったのです。

 こう考えますと、少なくても私たちが生きている間は、もう二度と安心して暮らせる日は来ないかもしれません(というより、今までも本当は安心して暮らせるような状況ではなかった、というべきかもしれません)。
 私たちはこれから、地震や原発事故という大災害がいつ起こってもおかしくない、今この瞬間にも起こってもおかしくない状況を、死ぬまで生き続けなければならないようです。
 これは、悲観的とかそういった問題ではなく、現実なのです。もちろん、未来がどうなるかは神にしかわかりません。もしかしたら、もう二度と地震など起きないかもしれませんが、あらゆる点から考慮しても、その確率は非常に低いと判断しなければなりません。
 ですから、いつかは起こるものと覚悟して、これから毎日を緊張した状態で生きていかなければならなくなったのです。起きているときも、寝ているときも、家にいるときも、会社にいるときも、電車に乗っているときも、地下街を歩いているときも、エレベーターに乗っているときも、いつもです。
 それはストレスと不安に満ちた、実にイヤな状態です。しかし、現実としてそうなってしまった以上、私たちはそれを受け入れて生きていくしか、他に選択肢はないと思います。

 しかし、こうした生き方は、必ずしも悪いことだけであるとは思いません。
 むしろ、覚醒を志す私たちにとっては、かえって都合のいい状況ではないかとさえ思っています。
 というのは、何の緊張感もない状況では、人は真剣に生きることはしないし、自分を磨いたり高めたりすることには、ゆるみが出てくるからです。
 むかしの武士や侍は、いつ敵が攻めてきても対応できるよう、常に戦闘態勢でいました。寝るときも枕元に刀を置き、ちょっとした物音がしてもさっと眼を覚ますくらいだったはずです。まさに24時間、緊張のなかで生きていたわけです。いつ、どんなことがあっても取り乱したり、パニックになることは許されませんでした。
 そして、いよいよ明日は戦(いくさ)というとき、つまり、明日は死ぬかもしれないというときには、静かに茶を入れて飲んだのです。最高度の緊張状態のなかで、きわめて心静かに茶を入れて飲むという、その心境こそが、武士や侍の理想であり、気高さでした。
 ここにあるのは、生死を超えた禅の境地です。禅はまさに覚醒をめざす修行ですから、覚醒をめざす私たちも、武士や侍のように生きなければならないと思うのです。そのためには、だらだらと生きていられる平安時代より、戦国時代の方が、ずっと進歩向上できるといえるわけです。
 ある意味で、私たちは戦国時代を迎えたのです。
 敵は誰でしょうか? 自然でしょうか? 原発でしょうか?
 私はそうではないと思います。戦うべき相手は、私たちの心に住む「恐怖心」だと思います。恐怖心こそが敵ではないでしょうか。いま問題になっている風評被害なども、まさに恐怖心がもたらしているものです。その他、人類の災厄の多くが、恐怖心によってもたらされてきました。恐怖心こそが私たちの敵です。恐怖心は、覚醒にとっても最大の敵です。2011年3月11日をもって、「恐怖心」との戦いの火ぶたが切られたのです。
 私たちは勇気をもって、この戦いに勝利を収めようではありませんか。
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コメント

覚醒にも いろいろなアプローチがあるのだなあと感じた今回の教えでした。新渡戸稲造の「武士道」を読んでみたくなりました。
2011-04-16 Sat 05:47 | URL | リョウナンダ [ 編集 ]
斉藤啓一です。リョウナンダさん、コメントありがとうございます。
新渡戸稲造の『武士道』は、なかなかいい本ですよ。今こそ日本人は、武士道精神で前進していくときなのかもしれません。
2011-04-16 Sat 19:46 | URL | 斉藤啓一 [ 編集 ]
おかげさまで、夕方にガス復旧しました。
東京ガスの応援部隊のおかげです。

とりあえず、元通りの生活です。

しかし、震災は、まだ序章に過ぎないかも知れません。
神様の考えひとつです。

緊張感を持って生きていきます。
頑張ります。
2011-04-17 Sun 00:34 | URL | 両さん [ 編集 ]
斉藤啓一です。両さん、ガスが復旧してよかったです。
この震災は、序章にすぎないのか、そうではないのか、神様の考えひとつですね。
しかし、私たちの姿勢により、神様の考えが変わるかもしれません。
人間として、立派に生きていけば、災害は起こらずにすむかもしれません。
いずれにしろ、緊張感をもってがんばっていきましょう。
2011-04-18 Mon 19:35 | URL | 斉藤啓一 [ 編集 ]
少なくとも都内では殆ど“あの日”以前に戻ってしまったように感じてしまいます。
(一部のエスカレーターは止まったままになっていたりしますけど)

せめてあの日のことを忘れないようにと、このエントリはプリントアウトして時々読み返すようにしています。
2011-07-11 Mon 23:36 | URL | nakatsu [ 編集 ]

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