心の治癒と魂の覚醒

        

 性とスピリチュアリティ ④

 すでに繰り返し述べているように、性の問題は単純にあるべき方向を決めることはできません。その理由は、性は性の問題だけでなく、感情や霊性をも巻き込んでいるからです。
 たとえば、不倫をしている30代後半の主婦の悩みを聞いたことがあります。一般的には不倫をしているというだけで、世間からは悪者扱いされるでしょうし、離婚ということになり訴訟が起これば、法律的には不利な立場になるでしょう。
 しかし、その主婦の話を聞きますと、夫がDV(家庭内暴力)で、自分の気に入らないことがあると、すぐに主婦の顔を殴るというのです。そしてセックスも、自分の欲望を解消するために一方的に乱暴に行うだけで、愛情も何も感じられないというのです。そんなとき、たまたま彼女に優しく接してくれる男性に出会いました。そうして深い関係になったのですが、果たしてこの主婦を単純に不倫をしているということで悪者扱いし、責められるでしょうか?

 問題は、この女性は愛情に飢えていたということであり、性の欲望を野放しにして他の男をあさっていたわけではないということです(だとすれば責められて当然だと思いますが)。夫から暴力を受け、愛情もなくすさんで空しい気持ちに苦しんでいたとき、自分に優しくしてくれる男性に出会ったら、その男性から愛されたいと思わない女性はいるでしょうか? それでもなお、不倫はいけないといって責めるとしたら、それは愛なしで生きなさいということではないでしょうか。人は愛なしで人間らしく生きられるでしょうか?
 主婦はセックスがしたかったというより、愛情が欲しかっただけなのです。セックスはその愛情を感じるための手段にすぎなかったわけです。

 あるいは、夫との関係を良好にして仲良くしなさいとアドバイスするでしょうか?
 そのようなアドバイスを簡単にいう人は、人間の心というものがわかっていないのです。さんざん自分の顔を殴ってきた男性と、再び仲良くして愛情に満ちたセックスができるでしょうか? また、常習的に暴力を振るう男というものが、そんなに簡単に改心するでしょうか? 常習的に暴力を振るうのは、ひとつの精神的な病気なのです。専門家の治療を受けても改善されることは容易なことではありません。まして、ちょっとくらい夫婦で話し合っても、どうにかなる問題ではないのです。仮に暴力が収まるとしても、よぼよぼの老人になってからでしょう。それまでこの女性はじっと耐え続けなければならないのでしょうか?
 あるいはまた、離婚してしまえばいいと思われるかもしれません。しかし、さまざまな事情で簡単に離婚というわけにもいかないのが現実です。もし母子家庭にでもなって収入がなくなれば、子供を学校にもやれなくなってしまうかもしれません。子供のために、離婚したくてもじっと我慢している人が多いわけです。
 このような、暴力の屈辱と恐怖に耐え、愛情の飢餓に耐え続けられる人が、どれだけいるでしょうか? そんな生き方をしていたら、精神を病んでしまうか、ガンにでもなって倒れてしまうのではないでしょうか。そんな苦しみからいっときでも逃れたいと思って不倫をしている女性を、いったい誰が責めることができるでしょうか?

 心理カウンセラーとして、心身にさまざまな苦悩を抱えた人の相談に乗ってきた結果としていえることは、ほとんどの人が、究極的には愛の不足によって心身が病んでいるということです。心の病であれ、肉体の病であれ、若干の遺伝的な要素を除けば、もうほとんど愛の欠乏によって生じるといってもいいくらいです。
 そして人間というものは、肌の触れ合いを通して愛を実感するようにできているのです。言葉でも愛を実感することはできますが、スキンシップほど深い層には到達しません。その点、スキンシップはダイレクトに無意識のレベルから愛されている感覚を得ることができます。赤ちゃんなどはスキンシップを通して親の愛情を確認するのです。大人もそう変わりはありません。大人のスキンシップといえば、セックスのことですから、やや極論となりますが、心身が病んでいる人は、(愛情を感じる真の)セックスをしていないことが原因だといってもいいかもしれません。実際、恋人ができて鬱病や神経症などが治ってしまった人も少なからず見てきました。

 いいことか、よくないことかは別として、友達として親愛の情が湧いたら、独身であろうと既婚であろうと、また年齢などにもいっさいこだわらず、気楽にセックスをして愛情を交換することが普通のこととして認められるような社会であったら、おそらく今日ほど心身の病で苦しむ人や、自殺をする人はいなくなるような気がします。
 そんな社会ではふしだらな性が蔓延すると心配する人がいるかもしれませんが、おそらくそうはならないと思います。ふしだらな性とは、相手を自分の快楽を得るための道具として利用することです。愛情表現のために行うセックスは何もふしだらではありません。
 むしろ、女性をモノ扱いするアダルト・ビデオのようなものが氾濫している方がずっと害悪です。ああした不健全なアダルト・ビデオが氾濫するのは、愛情あるセックスが持てないため、アブノーマルなことをして刺激を強くしなければ、満たされない空虚感ができあがってしまっているからです。愛情あるセックスさえ行っていれば、あのようなものが世の中にあふれ出ることは、たぶんないでしょう。

 また、年齢にこだわる必要もありません。七十歳、八十歳になっても、セックスをすればいいのです。セックスというのは必ずしも性交を伴う必要はないわけで、裸で抱き合うだけでもいいのです。老人ホームなどで、よく老人が女性ヘルパーさんのお尻や胸などを触ったりすることがありますが、これなども、認知症の問題だけでなく、スキンシップを通して愛情が欲しいだけなのです。
 ただ、年齢にこだわる必要がないといっても、未成年者がやたらにセックスをするのはよくないと思います。まして、児童ポルノなどはとんでもない犯罪行為であり、絶対にゆるすわけにはいきません。未成年者がやたらにセックスをするのがなぜいけないかというと、セックスは愛情表現であるという意味がまだよく理解できないからです。その状態でセックスをしますと、セックスの快楽だけにのめり込んでしまう危険があるからです。ちょうど、サルの子供にマスターベーションを教えると、体力が消耗するまで繰り返してしまうのと似たようなことが生じる危険があるわけです。未成年者に性教育をするときには、同時に真の愛とは何かということも教えていかなければなりません。真の愛とは何かを学んでから、セックスをするように導いてあげるべきです。もっとも、このことは真の愛についてまったくわかっていない大人の人に対してもいえることではありますが。

 いずれにしろ、人間は愛がなければ生きていけず、その愛をもっとも深く実感できる手段が、地上においてはセックスなのです。ですから、セックスなしで生きることは、たいていの人にとっては辛い試練ともなり得るわけです。自分は愛されないのだという孤独感や空虚感を背負う可能性があるからです。もっとも、そのような試練は、覚醒にとって必要だから訪れたのかもしれませんが。
 覚醒修行により、内的な境地が高まれば、セックスの欲求の源流である高い次元の存在との交流が可能になりますから、肉体的なセックスへの欲求はなくなるかもしれませんが、それまでの間は、セックスがしたいと思うことは当然なことだと思いますし、その気持ちを無理に抑圧してはならないと思うのです。なぜなら、セックスがしたいという気持ちは、愛を求める気持ちを根源としており、愛を求める気持ちは、究極的には神を求める気持ちにつながっているからです。
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コメント

この主婦の方ですが なぜ夫から暴力を受けなければならなかったのでしょうか?暴力をふるわれる原因が主婦の方に全くなかったのでしょうか?そしてどんな理由があれ不倫は神の法に反する行為であり、カルマとして残り本人が来世 来来世とまた苦しみの人生を送らなければなりません。仏陀も「快楽は初め甘いが後苦い。真理は初め苦いが後甘い。」と言っています。たま出版の「転生の秘密」にはエドガー・ケーシーのリーディングによる様々な実例があげられ 結婚や不倫も取り上げられています。過去世でも夫婦だったのが大半だそうです。この主婦の方も前世で もしかしたら夫婦逆で相手に暴力をふるったために 今回 暴力をふるわれる側に回った可能性もあると思います。殺人鬼だったアングリ・マーラが仏陀の弟子となり人々から石を投げられ血まみれになって「仏陀の弟子になったのになぜこのような目にあうのでしょうか?」と尋ねると「本来、死をもって償わなければならない身。我が弟子ゆえその程度で済んでおるのだ。だから耐えよ!」と仏陀は答えました。撒いた種は刈り取らなければならない。神の不変の真理です。ただ 転生を認めない人がほとんどなので簡単には解決しない問題でしょう。
2011-05-21 Sat 03:15 | URL | リョウナンダ [ 編集 ]
お早うございます、斉藤先生、そしてリョウナンダさん。いつも勉強になる文章ありがとうございます。

性の問題ですが、私も汚らわしいものという意識がありました。実は、クンダリニーが最初に発動したあの晩、アーサナおよび瞑想を行う直前にマスターベーションをしました。クンダリニーの発動とまったく無関係とは思えません。

その後、この体は神からの預かり物という意識に芽生え、そういう安易な快楽とは縁を切りました。覚醒と性の問題はやはり重要な関係があると思います。少しでもこのブログのお役に立てればと思い、赤裸々な告白お許しください。
2011-05-21 Sat 05:49 | URL | ワタナベ [ 編集 ]
斉藤啓一です。リョウナンダさん、ワタナベさん、コメントありがとうございました。
この問題についてのコメントは、少し長くなってしまいましたので、ブログの方でお答えいたします。
よろしくお願いします。
2011-05-21 Sat 09:52 | URL | 斉藤啓一 [ 編集 ]
貴重な体験談ありがとうございます。プラーナ吸収も順調にいっているご様子でホッとしました。実は 先生のブログのコメントコーナー今年になって知ったので ゴールデン・ウィークに最初から戻って読んでみました。ワタナベさんは 福祉の仕事をなさっているので プラーナが減る機会も多いと思います。自分の体験からすると 息を吸うときに 足の裏から大地のプラーナを吸う感じで吸うと効果的です。また 自分も学びにしますので また体験談等よろしくお願いいたします。
2011-05-21 Sat 12:11 | URL | リョウナンダ [ 編集 ]
コメントありがとうございます。プラーナ呼吸のアイデア、大変参考にさせていただいています。その中で、吸気後に肛門を締めるとありましたので、アーサナの中でも、日常生活でも呼吸法に取り入れました。さらに、肛門に近い臍下丹田に意識をおくようにして、椅子の生活より床に座る生活に改良しました。

ただ、頭痛に悩まされる日もあります。原因は脊髄から脳にかけてプラーナが集まりすぎているからのようです。そんな日も「サットヴァ・グナ」の心境で「大した事ではない」と思い乗り切りました。

リョウナンダさんはPNからしてヨガを熱心にしておられるようですね、「スシュムナー官の浄化」は気を付けてやってください。私もそれで修業の成果が早まりました。
2011-05-21 Sat 12:42 | URL | ワタナベ [ 編集 ]

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