心の治癒と魂の覚醒

        

 震災後の人々の意識

 先日、テレビを見ていたら、「あなたは震災後、どう変わりましたか?」というテーマでアンケート結果を報告していました。
 すると、一番顕著だったのは、結婚したい女性が大幅に増えたということです。その理由として、「地震など危険なことが起こったとき独りだと不安だから」、「守ってあげたい人が欲しくなったから」という声が多くを占めていました。前者はわかるとしても、後者の「守ってあげたい人が欲しい」というのは、面白いなと思いました。実際、今回の震災で人々が助け合っている姿を見て、助け合うことの大切さがわかり、友人や近所の人との付き合いが親密になったとか、家族の絆が強くなったという声がたくさん寄せられていたようです。これは、少しおおげさな表現をすれば、今回の未曾有の大震災によって、人々の愛が深くなったといえるのではないかと思います。今回の震災が、神の意図したものであるとしたならば、これこそが、おそらく神の意図だったのではないかと思います。
 以前のブログで、3月11日の朝、津波が押し寄せる夢を見たと書きましたが、その夢から目覚めた後、私は「イヤな夢を見た」という感じがしませんでした。なにか、浄化されたような、光が見えたような、これからすばらしくなるような、そんな清らかで明るい印象を持ったのです。
 そのため、このテレビのニュースの結果を見て、それほど意外とは思いませんでした。むしろ、予想通りでした。これから日本は、精神的にすばらしい国になっていくと思います。そして、その影響は世界にも及んでいくはずです。

 ただ、私個人としては、今回の災害によって思ったことは、「やはり人生ははかないな」ということがまず最初に頭に浮かびました。釈迦の「人生の本質は苦である」ことを思い出しました。人生はいつ何が起こるかわからない、基本的には危険な場所であると思ったのです。一瞬のうちにあれほど多くの人が死に、一瞬のうちにいくつもの町や村が壊滅し、一瞬のうちに家族すべてを失って天涯孤独になった人がたくさんいました。
 人生は一寸先は闇であり、危険であり、決してそれを基盤にして心から安らいだり楽しんだりすることはできない場所であり、だからこそ、この世界からの脱出、すなわち解脱(覚醒)に向けて、より力を入れていかなければならないと思ったのです。

 この地上世界は、本質的に人間が住む場所ではないのです。ですから、震災後に人々の意識が変わり、愛が深くなったこと自体はけっこうだと思うのですが、多くの人々は依然として人生の幸せの基盤を地上にすえているような気がします。この地上世界で、再び物質的に復興し、精神的に絆を強めてがんばっていこうという考えです。
 しかし、地上の人生に幸福の基盤を見出すことは、それが無常を本質とするがゆえに、原理的に不可能ではないのでしょうか。せいぜい、一時的に幸せになったような感じがすることがあるだけで。
 これは、単なる悲観主義ではありません。人生というものをありのままに冷静に慎重に観察し、深く考察した結果として、当然出てくる自明の結論であると思うのです。
 人生というものは、何度か私たちを「胴上げ」して有頂天にさせた後、いきなり地面に叩き落とすのが得意です。それが人生の「使命」のようです(そうしなければ、魂の本当の住居は霊的世界だと気づけず、いつまでも地上に魂は縛り付けられてしまうでしょう)。
 それでも、そうした苦しみにも負けず、また立ち上がり、やがてまた胴上げをしてもらいますが、また同じように地面に叩き落とされて痛い目を見るのです。
 しかし、こんなことをいつまでも繰り返しているうちに、この人生で本当の幸せを得ることは不可能であることに気づいてくるわけです。世の偉人聖者といわれる人たちは、やがて地面に叩き落とされることがわかっている胴上げなどから身を引き、根本的な苦の解決法を模索してきたわけです。
 このブログに関心を持って、こうして熱心に読んで下さるあなたは、すでに過去生において、何度も地面に叩き落とされた経験を味わってきたのかもしれません。そして今度こそ、人生の苦しみを根本的に解決しようと模索しておられるのではないかと思うのです。
 今回の震災で、皆さんもそのような思いをさらに強く自覚されたかもしれません。
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