心の治癒と魂の覚醒

        

 API行法-こうすれば覚醒に到る時間を3分の1に短縮できる?

 これまで述べてきたように、覚醒するには、神(自在神)の導きがぜひとも必要だと思うのです。そこが現代人には欠如しているために、なかなか覚醒に到らない大きな原因だと思うわけです。神に対する真の信仰心を持ち、熱意を持って真剣に修行に取り組んでいけば、神は必ず導いてくれるものと思います。
 ところで、その導き方は、大きくわけて二つあるようです。
 ひとつは、直感や閃きを通してです。「こうすると修行が進む」といったアイデアが湧いてきたりするわけです。瞑想中に湧いてくることもありますし、普通の活動をしているときふっと湧いてくるときもあります。そういうときは、忘れないようにすぐにメモをするといいでしょう。
 もうひとつは、運命的な現象を通してです。たとえば、瞑想のやり方について知りたいと思っていたりすると、ずばりそれについて書かれてある本を偶然に入手できたり、人から教えてもらったりすることがあるのです。
 あるいは、すでに述べたように、表面的には「不運」な出来事を通して導きが与えられることもあるようです。それは心情的には辛い経験になるかもしれませんが、結果的にはすばらしい教訓を得ることができるのです。少なくても、過去のカルマの浄化という意味があります。神が修行を促進させるうえで邪魔になっていたカルマを浄化させようとしたのかもしれません。
 したがって、まじめに生活をし、まじめに修行を続けていれば、人生に本当の意味で「不幸」や「よくないこと」は、決して起こらないと断言してもいいのかもしれません。悪いと感じることが起きたとしても、それは過去に犯したカルマが消えていくのであり、その意味ではいいことなわけです。カルマが浄化されるほど、修行が非常に進んでいきます。私たちに求められるのは、ただ忍耐だけです。

 このような導きを得るために大切なのは、熱意なのですが、具体的にいえば、寝ても覚めても「どうすれば覚醒することができるのか?」と、問い続けることです。そして「神様、どうか覚醒へ導いてください」と祈るのです。
 この、問いかけと祈りを、支障がない限りにおいて、仕事をしているときもそれ以外の生活をしているときも、ずっと行うのです。常に「覚醒するにはどうすればいいのか?」と問いかけ、「神様、どうか導いてください」と祈るのです。
 さらに、「私は光(エネルギー)であり、神である」と念じながら、アジナー・チャクラが光り輝いているイメージを浮かべてください(これについては今後に詳しく紹介します)。まとめると、次の3つになります。便宜的に、この3点セットをAPI(Ask=問いかけ Pray=祈る Image=イメージ)行法と呼ぶことにしましょう。

-API行法-
1.「どうすれば覚醒できるのか?」と問いかける(考える)。
2.「覚醒に導いてください」と神に祈る。
3.「私は光であり神である」と念じながら、アジナー・チャクラが光り輝いている様子をイメージする。

 修行や仕事など、どうしてもある特定の事柄に集中しなければならないとき以外は、なるべくこのAPI行法を行い、意識を満たすようにしてください。
 これが、覚醒をするために非常に大切なことなのです。一日のうち、1時間や2時間、瞑想の修行はするものの、その他の時間は雑多な事柄で意識が占められているというのでは、覚醒は難しいのです。ところが、けっこう多くの人がそんな状態なのです。それが、覚醒を難しくさせている大きな原因のひとつであると思うわけです。

 API行法がなぜ覚醒にとって有効かといえば、まず、意識を内面に向けることになるからです。その結果、自分がどのような考えや感情を抱き、それによってどう行動しているのかを把握することができます。いわゆる自己観察ができるようになるのです。そのために、自我が勝手に暴走するといった衝動傾向をコントロールする力が芽生えてきます。これは、幻想やカルマに流されない意識の確立を意味しています。
 次に、内面に意識を向け、さらに神に意識を向けることによって、神からの啓示を受信しやすくなり、導きを受けられるようになるからです。
 そして、自分の本質は神の光であるという意識を持つことで、文字通り、私たちの本質(神)を目覚めさせる刺激になるからです。
 常に、上記の3つのいずれかで意識を占めるようにしてください。ただし、バランスよく、なるべく同じくらいの割合になるようにしてください。
 私たちの思考を観察していますと、ほとんど、どうでもいいような、意味も価値もないゴミのようなことばかり考えていたりします。なかには嫉妬や妬みなど、有害な思考や感情も野放しにされていたりします。こんなことを考えている時間を足し合わせたら、おそらく一日のうち何時間もくだらない、あるいは有害なことを考えていることになるのではないでしょうか。
 しかし、もしその時間をすべて有意義な意識、すなわちAPI行法に費やしたら、それこそ毎日何時間も瞑想の修行をしているのと、同じだといえるのです。
 現代に生きる私たちは、現実には、一日に何時間も座って瞑想に費やすことは難しいと思います。しかし、上記の方法を真剣にやれば、実質的に、毎日何時間も瞑想していることになるわけです。
 そうして、理想的には、24時間、API行法で意識を占めるようにするのです。熱意があれば、忍耐強く、この理想に近づいていくことは可能です。
 これを行えば、覚醒するために30年を必要とする人は10年に、10年を必要とする人は3年くらいに短縮できるのではないかと、私は思っているのです。
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