心の治癒と魂の覚醒

        

 道元の潔癖主義

 今回は道元について取り上げてみたいと思います。
 ご存じのように、道元は中国から日本に禅を持ち込んだ曹洞宗の開祖であり、彼の著作『正法眼蔵』は、仏教界の偉大な遺産ともいうべきもので、私も、道元はすばらしい高僧であると思っています。
 しかし、そんな道元に、次のようなエピソードがあるのです。

「道元は(師匠である如浄の)「国王大臣に近づくなかれ」という教えを守って鎌倉暮府には決して接近せず出家主義を貫いていたが、帰依者のたっての頼みに折れ、約半年、鎌倉で教化につとめたことがあった。が、北条時頼に寺を建てるから鎌倉に留まってほしいと懇願されるや、ただちに鎌倉を去り、越前の永平寺に戻った。
 ところがその後、弟子の玄明が喜びいさんで時頼からの越前の土地の寄付状をもち帰った。もちろんこれは時頼の好意である。弟子の玄明がそれを喜んで触れ回ったのも、師を思ってのことだったろう。
 しかし道元は烈火のごとく怒った。すぐさま玄明の法衣を剥ぎ取って寺から追放し、彼の坐禅の座席を取り去り、のみならずその床下の土を掘り捨てること7尺に及んだという」
『禅の本』(学研)より

 これについて、この記事を書いた著者は次のように感想を述べています。
「この道元の行動には、好悪があって当然だろう。これを、名利を嫌った道元の高潔さを示す逸話といいきることは、筆者にはできない。「その床下の土を掘捨てること7尺」という部分には、道元その人の中に潜む、底深い人間の澱のようなものを感じずにはおれない」

 私も、この著者の意見に同感です。
 これは、あきらかにやりすぎだと思います。何か病的なこだわりさえ感じられます。あらゆるこだわりを捨てるのが禅の理想の境地であるはずなのに、道元は、潔癖ということにこだわり過ぎていると思います。これでは、弟子の玄明があまりにもかわいそうです。師匠のためを思い、邪な心からではなく、純粋に喜んだだけであって、それだけのことで追放し、しかも、その弟子の座っていた床下を7尺も掘るというのは、いったいどういうことなのか、理解に苦しみます。弟子に対する慈悲のかけらも感じられません。
 つまり、道元は、仏教の本質である「とらわれのなさ」と「慈悲」について、ここでは完全に持ち合わせていなかったことがわかります。これを見ると、道元は本当に悟りを開いていたのかと、疑わしい気も生じてきます。それとも、悟りを開いた人であっても、このようなことをする、ということなのでしょうか?
 1尺は約30センチですから、2メートル10センチも深く掘ったことになります。ショベルカーなどない当時、これだけの深さの穴を掘るというのは、相当な労力と時間がかかったのではないかと思います。たぶん、弟子に掘らせたのだと思いますが、こんなことのために、穴を掘らされる弟子もかわいそうです。

 仮に、この出来事を好意的にみて、これはすべて弟子達に対する教えであるという解釈も、できなくはありません。つまり、道元自身は何とも思っていなかったのですが、「仏道を清く正しく歩む」ことを弟子たちに教えるために、わざとこうした「芝居」をしたのであると。
 しかし、2メートル以上も穴を掘る必要があったでしょうか? また、その「教え」のために追放された玄明はどうなるのでしょうか? 彼はまったく悪くはない。それなのに、他の弟子を教化するために追放させられたことになるわけで、これではあまりにも玄明が気の毒です。そこまでする必要が、果たしてあったのか?

 こう見てくると、いかに聖者であっても、そのすべての言動が正しいわけではなく、絶対的なものとして受け入れる(盲信する)ことは、正しくないことがわかると思います。少なくても、正しくない可能性があるという認識を持つべきではないでしょうか。もちろんだからといって、道元の業績すべてを否定するのも間違いです。両極端は避け、「正しいものは正しいとして受け入れ、正しくないものは正しくないとして拒絶する」という姿勢が大切だと思うのです。権威主義に脅えて、自分に嘘をついてはいけないと思うのです。もちろん、自分が間違っている可能性もありますから、そう思う自分自身を絶対的に正しいと思うことも間違っています。
「これは正しくないと、私は思う。正しいとは思えないのだから、それが正しいと思えるようにならない限り、自分に正直になって、そのことを正しいと見なすのはやめよう。しかしいつでも、自分の方が間違っていたら、それを改める気持ちを持ち続けよう」
 こういう姿勢こそ、本当の求道の姿勢だと思うのです。

 ただ、今回のこの道元について言えば、実は、私はちょっと別に思うことがあるのです。これについては、次回、ご紹介させていただきたいと思います。
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コメント

 こんばんは、斉藤先生。以前読んだヨガの本には、「悟り」は突然ポーンとなるものではなく、いくつかの段階を経て、だんだんと成っていくものであると書いてあったのを思い出しました。

 道元禅師は高い境地にも達していたけれども、同時に、癇癪を起すエゴも残っていたのでしょうね。人間ってそんなものかもしれません。
2011-10-26 Wed 20:00 | URL | ワタナベ [ 編集 ]
斉藤啓一です。ワタナベさん、コメントありがとうございました。
この問題は難しいですね。また、ヨガでいう悟りと、禅でいう悟りというのは、必ずしも同じではないような気もするのです。ヨガでは、癇癪もおそらく煩悩のひとつですから、そんな煩悩が少しでも残っている限り、完全に悟った(解脱)したとは見なされません。
いずれにしろ、このエピソードが事実だとしたら、少し残念な気もいたします。
2011-10-26 Wed 20:19 | URL | [ 編集 ]
一人で悟ったことと、集団を抱えた責任感(導かなければならない使命)は、また別の意識が芽生えてしまうものなのでしょうか?この記事の道元の話を読んでそう思いました。道元が自分一人の環境だったらここまで拘らなくても行けたはずかなと思ったり・・
宗教は布教は尊いとされてますが(一人救えば先祖も救われる。またはその宗派が大きくなればなるほど救われる人々も入りやすく増えていくから)それは相手がその宗教に入信して続いたならばの話と思います。闇雲に人数を増やそうと躍起になることとは違うのではと疑問です。

悟っても環境によって少し後退することもあるのでしょうか?後退があれば前進もある、悟りとは画一的なものでないと思います。
たとえば一定の悟りを得て、内心少し後退しても弟子には分からないわけです。後退した場合、悟った記憶で悟りを維持しているフリもできますね。へんに記憶があるからタチの悪い詐欺師にもなれる。

この記事の道元に限れば、道元ほどの方なら途中で気づいて、また悟りに戻ることも可能だったと思います。
2011-10-26 Wed 21:56 | URL | メン [ 編集 ]
斉藤啓一です。メンさん、コメント、ありがとうございます。
どうなんでしょうね。本当に、いろいろな疑問が湧いてきますね。
確かに、このエピソードがこの通りで、それが道元のつまずきだとしたら、彼はあとで、自分のしたことに対して反省があったように思うのですが、どうなのでしょうね。
2011-10-26 Wed 22:11 | URL | [ 編集 ]
この道元の場合、権威化する教化ではいけないと自らの禅宗を守りたかったのでしょうけど・・
2011-10-26 Wed 22:12 | URL | メン [ 編集 ]
難しいことなのに、ありがとうございます。
答えは誰にも分からないのですね。
生き通しの悟りとは・・
2011-10-26 Wed 22:18 | URL | メン [ 編集 ]
斎藤先生、今晩は

リアルワールドさんのところで和平先生の講話を紹介されていますが、ご存じでしょうか?

あくまでも個人的感想ですが、大変、感銘を受けました。

和平先生曰く、悟ってもエゴは無くならないそうです。

大変興味深い内容ばかりなので、参考にしてみるのもいいかと思い、コメントさせていただきめした。

2011-10-26 Wed 23:23 | URL | 若ハゲ王子 [ 編集 ]
斉藤先生がご指摘の通り、道元の悟りは釈尊のお悟りに比べたらお粗末なものだと思います。

また釈尊は書物をものさなかったのに、道元は正法眼蔵をはじめとする膨大な書物を残している点も悟りの段階が低いことの現われだと思います。

お釈迦様とは友達になりたい気がしますが、堅物で融通の利かない道元禅師様とは関わりたくない気がします。
2011-10-27 Thu 21:16 | URL | 世界平和 [ 編集 ]
斉藤啓一です。世界平和さん、コメント、ありがとうございました。
まあまあ、そうおっしゃらずに(笑)。
世界平和さんの気持ちもわかりますが、道元は道元なりの使命があったのだと思いますから、他の人と比較しても意味はないですよ。
2011-10-27 Thu 21:23 | URL | [ 編集 ]

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