心の治癒と魂の覚醒

        

恵まれた環境の危なさ


 霊的な真実を光とするなら、この地上は闇です。まったく反対であることが多いのです。地上での「幸せ」は、霊的な真実では「不幸」である、あるいは、不幸へつながるものであることが非常に多いわけです。
 ですから、地上人生であまりにも「恵まれる」としたら、そこには非常な警戒が必要です。地上人生であまりにも恵まれると、そこで成長はストップし、人間が腐ってしまうことが多いからです。このことはすなわち、いつか霊的な真実の世界に帰還したとき、あまりにも多くの恩恵を失うと同時に、腐った自分(そのために他者を傷つけてきた自分)に対する深い嫌悪と後悔に苦しむことを意味しています。今は真実がわからないので、恵まれていると感じるかもしれませんが、実はまったく反対であることが判明して愕然となるのです。

 そのような、恵まれすぎて腐った例を、私、いえ、日本全国の人々が眼にしました。実名をあげるのはどうかと思いますが、周知の事実ですから仕方がないでしょう。すなわち、東京電力です。
 東電は「今回の事故は想定を超えた津波に襲われたからだ」とし、「自然災害」だといっています。しかし、複数の報道によれば、あのような津波が訪れる可能性があることを、何人かの学者は指摘していたと言いますし、社員のなかにも指摘していた人がいたといいます。そのことを上司に言った社員は、「それは口にしてはいけないタブーなんだよ」と言われたとのことです。今後少なくても半世紀は深刻な影響を日本に与え続けることになるあの重大な事故は、自然災害ではなく人災によって引き起こされたのです。
 しかも、その後の東電の対応のいい加減さや隠蔽体質、ごまかしなど、今なおうんざりさせられるほどです。自分たちがどれほど日本国民に、世界の人々に迷惑をかけ、苦しめているか、本当にわかっているのかと首をかしげたくなります。あげくの果てに、電気料金を値上げしようとしています。自分たちのいい加減な経営の痛手を、国民に押しつけようとしているわけです。
 東電は、法律上は一民間企業ですが、実質的には国営のようなものです。競争相手がほとんどいません。ですから、値上げをしたいと思えばすぐに値上げをします。競争相手がいたら、私たちはこんないい加減で、サービスの悪い会社ではなく、もっと他によい会社を選ぶこともできますが、いないので、泣き寝入りをして値上げを受け入れるより仕方がありません。東電はそのことを知っているから、しっかりした原発の管理や、経営の合理化やサービスの向上ということを真剣にはしてこなかったのです。その証拠に、今なお、都心の一等地に多くの立派な社屋をかかえ、わけのわからない子会社を多数設立し、けっこうな保養施設をもち、上層部の給料などもかなり高額です。こうしたものを温存しながら、値上げをするなどと簡単に言っているわけです。腐った会社の典型です。
 それに対して、競争相手がたくさんいる市場でがんばっている会社は大変です。徹底的な合理化、品質とサービスの向上に必死に努めています。さもなければ生き残れないからです。
 しかし、そんな厳しい状況でがんばるから、その会社からは消費者が喜ぶようなすぐれた商品やサービスが生まれ、また、そんな会社で働く社員の能力や資質も伸びていくのです(もちろん、よい面ばかりではないでしょうが、少なくても腐ることはないでしょう)。

 同じことは、企業組織だけではなく、個人にも当てはまります。自分を成長させ向上させなくても生きていける「恵まれた環境」に生きていると、人間性の成長がとまり、腐っていく危険が非常に高まるのです。たとえば管理職クラスになり、会社で権力を握るようになると、職務上の権限を越えたことをするようになります。個人的に好きになれない部下を、ただそれだけの理由で左遷させたりリストラしたりといったことをするわけです。部下が何か忠告をしようものなら、「不満があるなら辞めろ」などと言います。こういう人は、会社の外でもそうした態度をして、レストランのウエイトレスに威張ったりするわけです。会社の中では偉いとしても社会ではただの人なのですが、そのことがわかりません。社会でも自分は偉いんだと錯覚してしまうわけです。こんな人が管理職クラスにいると、社員はやるきをなくしていき、会社を改善しようという意欲を失い、会社全体がしだいに腐っていくわけです。
 このように、「まわりの人間はすべて自分の思うとおりに動くのが当然だ」という考え方を抱いてしまうと、生きるために自分を成長させる必要がありませんから、しだいに腐っていくのです。
 公立の学校の先生なども、何を言っているのかさっぱりわからないひどい講義を平気でする人がいます。そんな授業をしても給料はもらえるからです。しかし予備校の先生はそうはいきません。ひどい授業をしたら生徒がこなくなり、クビになるからです。だから、一生懸命、教え方の勉強をします。実際、私も高校時代、初めて予備校に行ったときにショックを受けました。学校の授業ではさっぱりわからなかった科目が、予備校の先生から教えてもらうと、まるで魔法にでもかけられたかのように、スラスラわかるのです。生徒たちのそんな喜びを見る予備校教師も、生きがいを感じるのではないでしょうか。その点、教師として成長しようとしなくても教師ができる環境に身を置いた教師は腐ります。自分の教え方のまずさを棚に上げ、勉強できないのは生徒が悪いなどと言ったりします。これではいつまでも教師としてのやりがいを感じることはないでしょう。
 さらに、卑俗な例をあげますと、美人な女性というのも、なかなか成長しない傾向があります。というのは、美人ですから、黙っていても男性からチヤホヤされるからです。そのために、わがままで冷たく、頭も空っぽという、マネキンと変わらない女性になってしまうわけです。しかし、いずれその容姿も衰え、チヤホヤされなくなります。そのときになってあわてて成長しようとしても、なかなか難しいわけです。
 その点、美人に生まれなかった女性は、黙っていたら男性から見向きもされませんから、男性から愛されるために一生懸命に自分を磨こうとします(あきれめてしまう女性もいますが)。すると、ただの美人などよりもずっと魅力的な女性となり、結果的には、男性から本当に愛されるようになるわけです。もちろん、美人でも、そのことに甘んじることなく自分を成長させようと努力する人もいます。そういう人は真の美人です。

 以上のように、この地上世界で、自己成長の努力をしなくても生きることができる「恵まれた環境」に身をおくことは、一見すると幸運に思えるかもしれませんが、霊的な真実から見れば、きわめて危ないことだと言えるのです。よほど意識的に自分にムチを打っていかないと、知らないうちに、じわじわと腐っていきます。「まあ、これくらいでいいや」という甘さがどうしても出てしまうからです。その結果、自分を向上させるためのせっかくの機会である地上生活がだいなしになり、より偉大で貴重なものをみすみす失うことになるわけです。それはあまりにも計り知れない損害です。
 一方、自分を成長させなければ生きていくことができない環境に置かれていたら、それは恵まれた環境に置かれているのだと考えるべきです。事実その通りだからです。それは厳しくて楽なものではないでしょう。しかし、今は気づかなくても、そういう環境で一生懸命にがんばり抜いたことを、いつか必ず「本当によかった」と思えるときがやってきます。
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