心の治癒と魂の覚醒

        

7.陽気


 陽気とは、明るく楽観的であることです。心配したり取り越し苦労をせず、どのようなことにも肯定的な面を見て、前向きに考えることです。周囲を明るくほがらかにさせる雰囲気を放つことです。
 この陽気であることが、「美徳」のなかに含まれていることを、奇異に感じる人もいるかもしれませんが、陽気であることは、実は霊的レベルの高さの一端を示しているのです。
 聖人というと、暗い顔をした気難しい堅物といった印象を持たれがちですが、それは誤解です。少なくても真の聖人、すなわち高い霊的境地を開発した人は、明るく陽気でほがらかで、ユーモアのセンスさえ発揮するものなのです。ときにはおおらかに笑ったりするかもしれません。喜ばしいことはもちろん、苦労や辛いことさえも楽しもうとするでしょう。どんなときでも悲観的にならず、希望を持ち、未来を信じる心を忘れません。イエスは「明日を思い煩うな」と言いましたが、どんな状況でも絶望せず、陰気にならず、陽気に構えているのです。
 もちろん、だからといって、後先も省みず有頂天になって馬鹿騒ぎをするような世俗的な陽気さとは違います。しっかりとした理性と信念に基づく陽気さなのです。
 いわゆる「真面目で善い人」の中には、どこか暗い感じの人がいます。おそらく「自分はダメだなあ」とか「世の中はなぜこうも悲惨なことがあるのだろう」などと考えているからではないかと思いますが、暗くなっても何の得もありません。むしろ、周囲を暗くさせて人に迷惑をかけるとさえ言えるでしょう。
 あまりにも自分にとらわれていると、暗くなる場合が多いのです。自分のことばかりに意識を向けていることは、ある種の自己中心性です。そのような時間と労力があれば、もっと世のため人のために奉仕することもできるでしょう。暗いというのは、ある種のエゴイズムに由来していることが多いのです。
 高い霊的世界に昇るほど、自分のことより他者のことを考えるようになります。そして、光のエネルギーが強くなりますから、高い世界ほど「明るい」のです。自分のことより他者のことを考えるほど明るくなるのです。
 ですから、明るくならなければなりません。陽気にならなければならないのです。明るく陽気であるということも、魂の力のひとつなのです。
 そして、その「陽気の美徳」という魂の力を鍛えるために、私たちは地上にやって来たわけです。そうして、暗くなるような体験、悲観的になるような体験という「負荷」をかけ、魂を鍛える計画を立てるのです。
 その典型的な実例をひとつあげてみましょう。
 黒住教という神道系の宗教の開祖である黒住宗忠は、大変な親孝行として知られていましたが、32歳のとき、そのもっとも敬愛している大切な父と母の両方を次々に病気で失うという悲劇に見舞われ、悲しみのあまり肺結核となってしまいました。そして2年後、いよいよ死を覚悟していた冬至の朝、太陽に向かって祈りを捧げたとき、天照大神と一体となるという神秘体験をし、その後、三日間、世の中が面白おかしくなって陽気に笑い続け、病気も治癒してしまったと言います。
 そんな宗忠の教えを歌ったとされる歌があります。
「有り難き また面白き 嬉しきとみき(三つのき)を備うぞ誠なりけれ」
 有り難いという感謝の心、面白いという心、嬉しいという心こそが誠の道であると説いているわけです。これは要するに、感謝と陽気こそが真実の生き方であるということでしょう。
 こうした黒住宗忠のエピソードは、まさに「陽気の美徳」を養うために父母の死という「負荷」を自らにかけ、それによって霊的に高い境地を開拓した例ではないかと思います。もっとも大切な人が奪われるというのは、地上的な視野から見ればひどい仕打ちであり苦悩であるわけですが、霊的な視野から見れば、それは魂の進化のために訪れたという意味があるわけです。
 世の中には暗いこと、悲しいことが満ちています。その現実は直視しなければなりませんが、暗いことや悲しいことは、暗くなったり、悲しみに沈み込むために訪れるのではなく、明るく陽気な人間になるために訪れるのです。
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コメント

スピリチュアルっていつも逆説的なんですね。
「明るく朗らか」な人って確かに周りを明るくしますよね。私もその恩恵に預かっているひとりです。
なかなか心の癖が抜けなくて、ジメジメした湿地帯から抜け出せませんが、先生のブログを読むと視界が開ける気がします。
「自分より他者」がキーワードでしょうか。
2012-05-28 Mon 17:24 | URL | あべ [ 編集 ]
斉藤啓一です。あべさん、コメントありがとうございました。
おっしゃるように、スピリチュアルというのは、いつも逆説的ですね。ここで陽気の美徳を紹介していますが、本当に陽気の美徳を体得できる人というのは、(逆説的ですが)非常に暗い一面をもっている人ではないかと思います。少なくても、人生の暗さというものを知っている人です。そんななかで、「自分より他者」に目覚めた人が、本当に陽気になれるのではないかと思うのです。
2012-05-28 Mon 17:49 | URL | [ 編集 ]

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