心の治癒と魂の覚醒

        

傲慢さと真の強さ


 傲慢な人は普段は威張っていたりするので、何となく強そうな印象があります。しかし、傲慢さは、心理的には劣等感や空虚感を土台にしていることが多いのです。そのため、傲慢な人ほど、物事がうまくいかなくなると、すぐに腹を立てたりあわてたりする傾向があります。危機的状況になると、我を失い、取り乱して醜態をさらすことが多いのです。
 要するに、傲慢な人ほど臆病であることが多いのです。比較的物事がうまくいっているときは自惚れたり人を見下したりしますが、うまくいかなくなると、とたんに意気消沈したり、不安動揺にかられ、不正で卑怯な手段に訴えて苦境を逃れようとすることもあります。
 本当の意味で精神力が強い人は、まず傲慢にはなりません。本当の意味で精神力が強い人というのは、自分を支えていたもの(それは経済力であったり、肩書きや名声であったり、仕事であったり、家庭であったり、さまざまですが)が失われても、泰然自若としており、自信と希望と明るさを失わないものです。傲慢な人は、自分の本質とは直接の関係がない、以上のべたようなことを支えにして、空威張りしているだけなのです。
 つまり、まったくの裸になり、ひとりの人間になったとき、どれほど自立的なたくましさを発揮できるかということが、人間の真の価値であるように思います。いっさいの財産を失い、仕事も失い、肩書きも名声も失い、あるいは家庭さえ失ってしまったときでも、絶望したりせず、自信を失うことなく、苦境を克服するために全身全霊でたくましく攻勢的に挑む姿勢を貫くことのできる人こそが、本当に強い人ではないでしょうか。
 このような人は、おそらく傲慢になることはないでしょう。傲慢になる必要がないからです。人を見下す(そうして自分は偉いんだと人にアピールする)必要がないからです。
 したがって、傲慢さという心の穢れをはらうには、本当の意味で強い人間にならなければならないような気がします。それはもちろん、容易なことではないでしょう。一生をかけて取り組んでいく課題となるでしょうが、私たちが自分以外のなにものにも依存せずに自分を支え、いかなる苦境におかれても断固として前進し続ける姿勢で生きる努力をすることにより、傲慢さという穢れはしだいに焼き尽くされていくのではないかと思います。

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