心の治癒と魂の覚醒

        

 恐怖心に打ち勝つ


 覚醒をめざしている私たち(というより、実際にはすべての人が覚醒をめざして生きているのです。ただ、それを自覚するかしないかだけです)は、さまざまな困難や障害を乗り越えていかなければなりません。仏教でいえば、煩悩であったり、キリスト教でいえば、罪や欲情といったものです。
 しかし、そのなかでも、もっとも最大の障害であり、あらゆる障害のボスともいうべきものは、おそらく「恐怖心」でしょう。
 恐怖心、不安、取り越し苦労といったものこそが、覚醒における最大の敵です。それは人生最大の、人類最大の敵といってもいいでしょう。なぜなら、国と国が戦争を起こすのも、その根源には恐怖心があるからです。たとえば独裁者などは、今の自分の体制が壊されるのではないかと、常にびくびくしており、疑心暗鬼に陥っています。少しでもスキを見せれば他国から攻められるのではないか、エネルギーや食料が断たれてしまうのではないかと恐れているのです。独裁国家だけでなく、どの国も同じようなものです。どの国もびくびくしているから、軍備に多大のお金をかけ、ついには「やられる前にやれ」的な妄想にかられて戦争になっていくのです。戦争をしても、何もいいことはありません。勝っても負けても双方に深刻なダメージを受けるだけです。ところが、そのことはわかっていながら、恐怖が理性を狂わせてしまうため、何の得にもならない戦争に駆り立てられてしまうわけです。
 人生なども、恐れなくてもいいことに対して恐怖心を抱き、不安や取り越し苦労をして、理性的な判断力を失い、愚かな行動に走ったり、せっかくのチャンスをみすみすつぶしたりしています。恐怖や不安のために心身が病んでしまい、多大なエネルギーが奪われます。その損害の大きさは、計り知れないものがあります。恐怖心こそは、人間を破滅させる悪魔そのものです。誰か偉い人が「恐れなければならないものは、ただひとつだけ。それは恐れる心だ」と言いましたが、まさにその通りだと思います。
 しかし、恐怖心というものは、本能的な意識に根ざしているので、そう簡単には拭い去ることはできません。恐怖や不安や取り越し苦労などは「百害あって一利なし」と頭ではわかっていても、つい心の底から湧いてきてしまうのです。
 それでも、忍耐強く恐怖心を克服するように努力していけば、少しずつでも、それを克服できるようになってきます。過去を振り返ってみればわかるように、子供の頃に怖いと思っていたことが、今は怖くないということがたくさんあるのではないでしょうか。経験を積んだり、考え方を変えたり、成長することによって、恐怖心をなくしていくことは可能なのです。ただし、忍耐は必要です。どこまでも恐怖と戦い続けるのです。恐怖に対して決して白旗をあげたりしないことです(つまり降参しないことです)。
 繰り返しますが、この世に悪魔がいるとしたら、それは恐怖心です。恐怖心ほど人を不幸にし自由を奪い、あらゆる可能性を台無しにしてしまうものはありません。それは心における猛毒です。毒性という点では、放射能などよりずっと恐ろしいかもしれません。
 しかし、この悪魔は目に見えないので、たちが悪いのです。私たちは目に見えるものに対しては防御したり戦うことができますが、目に見えないものに対しては、あまりにも無防備になってしまうのです。
 しかも、「恐怖を抱いて当然である」といった、もっともらしい理屈を作り出して私たちを欺きます。「怖れたり不安を抱いていれば何とかなる」などとささやいて、だまそうとします。しかし、怖れや不安を抱いても何にもなりませんし、むしろそのために、可能となるはずのものが不可能になってしまう方が多いのです。そのように私たちを仕向けて破滅させるのが「悪魔」の魂胆なのです。もちろん、危機的状況を前にして何もしなくてよいと言っているのではありません。恐怖や不安に駆られて行動してはいけないということです。そんなことをしても、ろくなことにはなりません。悪魔の思う壺です。そのような姿を見て、悪魔はケラケラと笑っているのです。
 結局、恐怖心を感じているのは、自我(エゴ)なのです。ですから、恐怖心という悪魔を駆逐していくことは、自我を駆逐していくことになり、覚醒への道となるのです。
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