心の治癒と魂の覚醒

        

 苦しまずに成長(覚醒)するには


 ここ最近、「苦しみは人を成長させる」といったお話をさせていただいておりますが、誤解のないようにいえば、「苦しまなければ成長しない」という意味ではありません。「成長(覚醒)のためには苦しまなければならないのだ」という思い込みは正しくありません。
 理想的には、「苦しみなくして成長する」ことです。明るく楽しく笑いながら成長していくことが一番です。何を好き好んで苦しむ必要があるでしょうか。
 とはいえ、理想はあくまでも理想であって現実ではありません。私は常に現実から目をそらさない姿勢を貫こうと思っておりますが、その姿勢でさまざまな人の人生を見るならば、やはりまったく苦しみなくして成長することは、ほとんど不可能に近いと思わざるを得ないのです。
 いろいろと人の悩みを聞くような仕事をしてきているせいか、世の中には苦しみを抱えた人が何と多いことかと、つくづく思います。人の抱える苦しみというものは、はたからはなかなかわからないものです。表面的には幸せそうに見えたりします。しかし、相談を受けるなどして内情を聞きますと、本当に大変な苦しみを抱えている人が多いのです。
 たまたま先日も、用事があって実家に行ったのですが、その実家の隣には立派な家が建っています(ちなみに実家は古くておんぼろです)。その家の奥さんは中小企業の社長をしており、長男は近くで医者をして自分の医院を持っています。駐車場には高級車が2台とまっています。これだけを見ると、本当に恵まれた家族のように思われるのですが、実家の母が近所の人から聞いた話によれば、その奥さんは子供が3人いたのですが、医者をしている長男は実の息子ではないそうです。そして、次男はまだ若いときに自宅で首を吊って自殺したそうです。それにショックを受けた父親(つまり奥さんの夫)は、大酒を飲むようになり、アルコール中毒になって、ついには酔ってどぶ川に転落して亡くなってしまったそうです。末っ子は特に問題なく長男の医院で事務をして働いていますが、奥さんの会社が経営が思わしくなく、また、長男の医院も評判が悪くて患者がこないようです。実際、いつ見ても、医院の駐車場にはほとんどクルマが止まっていません(つまり患者が来ていない)。それで、そうした理由なのかどうかはわかりませんが、うわさでは、今住んでいる屋敷を売りに出しているということです。
 このように、人間というものは、人知れぬ苦悩や闇を抱えていることが少なくないのです。表面的にはわからないことが多いわけです。
 それはともかく、苦しみは避けられないとはいえ、必要以上の苦しみを受けることは正しい生き方ではありません。苦しんでも、心がけが悪ければ、苦しみの経験を成長の糧にできないことが多いのです。人生の目的は苦しむことにあるのではなく、成長することにあるのですから、成長を心がけることで、余計な苦しみを経験せずして成長していくことは十分に可能なはずです。
 人間が成長のために苦しむ最大の理由は、おそらく傲慢さの消滅にあるのではないかと思います。
 仮に、人生が何もかも自分の思うとおりにうまくいったとしましょう。そうしたら、ほとんどの人は傲慢になり、感謝の気持ちもなくなってしまうと思います。実際、私はそのような人々もけっこう眼にしてきました。恵まれている人は、露骨であるか隠されているかはともかく、唯我独尊的な傲慢さがあり、謙虚さが希薄で、感謝ということもあまりないのです。
 しかし、これでは成長というものが望めません。
 そのために、そうした傲慢さをつぶす目的で、苦しみが訪れるのではないかと思うのです(もちろん、それだけが目的ではないと思いますが)。そうして、嫌というほどプライドを叩き潰されることで、傲慢さがなくなって謙虚になり、感謝の気持ちも出てくるわけです。
 ならば、これを逆に考えればよいのではないでしょうか。
 つまり、謙虚さと感謝の気持ちを決して忘れないようにして生きるのです。そうすれば、少なくとも、そのために訪れる苦しみは避けられるようになるのではないでしょうか。それだけでも、かなりの苦しみを回避することになるのではないかと思われます。
 謙虚に生きる、感謝の気持ちを持って生きる、これが、苦しみ少なくして、明るく楽しく成長(覚醒)していくための、もっとも大切なポイントであると思うのです。
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コメント

いつも読ませていただいています。

私が精神世界の書籍など読むようになったのは、日々生きづらくなり、そういう世界に救いを求めるようになったのがきっかけでした。

確かにどん底に落ちないと、自分と向き合うという作業は出来なかったかもしれません。

自分ていう人間がどれだけ傲慢だったか、正しく清々しく認められるようになるには、ある意味「死ぬほど苦しい経験」をしなければならなかったのかな?と今になって思います。


母親になって、私が今まで置き去りにしてきた大切な事の数々を、息子を通して体験させてもらえているのだなと感じています。
育て直しというやつでしょうか?

辛いことはなかなかなくならないけれど、受け止め方は、確実に変わりました。

大嫌いなあの人は、昔の私にそっくりです。
あぁ、まだ傲慢さが残っているから反応してしまうのだな、と思います。
でも昔の自分と同じだと思うと、愛する事もできるんじゃないか?って思ってみたり・・・。

そうやって、ちょっとづつ、楽に生きられるようになるのかな?なんて思っています。


今日も気付きをありがとうございます。



2012-11-15 Thu 14:38 | URL | あべ [ 編集 ]
斉藤啓一です。あべさん、コメントありがとうございました。
おっしゃるように、どん底まで落ちないと、自分と向き合うことはなかなかできないのでしょうね。
その意味では、ありがたい修行が与えられたよう感じです。辛いですが。
でも、受け止め方が変われば、そのうち現状も変わってくるかもしれません。
希望をもって、前向きにこれからもがんばってください。


2012-11-15 Thu 19:49 | URL | [ 編集 ]
オクです、斉藤先生いつもお世話になっています。

苦しまずに成長することについて、自分が1番思うのは、自分自身のレベルを正しく把握するということではないでしょうか。

それは自分から見ても“無謀な修行をしているなあ”という人が多いということです。

自分は何をするために生まれてきて、46のいま現在、どの程度魂の青写真から離れた場所を彷徨っているのか?

あるいは、、、これが結論かもしれませんが “自分はどの程度 物質的に生きるべきなのか” そこに苦しまずに成長する鍵があるような気もするのです。

そのへんが正直、じぶんには全くわからないです。


2012-11-21 Wed 18:40 | URL | oku [ 編集 ]
斉藤啓一です。オクさん、コメントありがとうございました。
まず、自分自身のレベルを把握する、ということ自体が難しいですね。仕方がないので、試行錯誤を繰り返して、とりあえず、自分が信じることをしてみるしか道はないのではないでしょうか。
2012-11-21 Wed 20:16 | URL | [ 編集 ]
斉藤先生お答えをありがとうございました。試行錯誤できる歳でもないのですが(笑)全くおっしゃる通りかと思います。いつも個人的な相談のようになってしまい申し訳ありません。
2012-11-22 Thu 16:20 | URL | oku [ 編集 ]

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