心の治癒と魂の覚醒

        

 過去の自分と決別する


 一般的に、歳を取るにつれて、頭は堅くなり、意欲や前向きな姿勢は減退し、人生を開拓していこうという気持ちは色あせ、しばしば希望を失って絶望的になってしまうことがあります。こうしたことは「老化」が原因であるとみなされています。
 確かに、肉体的な老化という要素もあるでしょうが、それだけが原因とは思えません。なぜなら、たとえ老人でも、前向きで元気な人はいるからです。80歳になろうとするのに、新たに習い事を始める人もいます。定年後にビジネスを立ち上げる人もいます。
 では、早々と老けてしょぼんとしてしまう人と、いつまでも若々しい人は、どこに違いがあるのでしょうか?
 いろいろ理由はあるでしょうが、大きな要因はおそらく、これまで蓄積された価値観や信念(思い込み)ではないかと思います。
 すなわち、今まで人生がうまくいってきた過去を持つ人(そういう記憶が蓄積されている人)は、人生というものを前向きに考えられるようになり、そこに可能性(希望)を見出していく意欲や姿勢が生まれてくるのだと思います。こういう人は、頭が堅くなることは少なく、柔軟で、老齢の域に達しても何か新たに始めようという意欲もあるのではないでしょうか。
 しかし、不幸にも、これまでの人生に辛いことが多く、努力をしても報われないことばかりだった過去(記憶)を持つ人は、人生を前向きに考えることはできず、これから新たに何かを開拓していこうという意欲も出てこないでしょう。
 今まで成功体験が多く、何事もうまく乗り越えてきた人は、これからも成功するだろうしうまく乗り越えていくことができるだろうと思うでしょう。しかし、今まで失敗や挫折、不遇の連続であった人は、これからもうまくいかないだろう、乗り越えていくことはできないだろう、人生によいことは起こらないだろうといった、消極的で悲観的に思ってしまうのです。結局、そうした心構えが未来を決めるのです。
 過去というものは、それがよいものであったにせよ、悪いものであったにせよ、もう存在してはいません。ところが、私たちは過去というものが存在するかのように錯覚しているところがあります。それは単なる記憶にすぎません。私たちは記憶によって未来を決めてしまっているのです。
 たとえば、これまで失敗や挫折ばかりの人生を送ってきて、そのことが頭から離れず、絶望的になっている人がいたとしましょう。そんな絶望にとらわれている限り、この人の未来はパッとしないものとなるでしょう。ところが、たまたま交通事故か何かで頭を打って、記憶喪失になったとします。そして、この人に、「あなたのこれまでの人生は、やることなすことすべて成功してきた」と嘘をついたとします。この人はそれを信じ込み、「自分は何をやっても成功する人間なのだ。だから、これからも何であれ必ずうまくいくに違いない」と思うようになったとします。おそらくこの人は、その思い込み通り、これから意欲的に何かを始め、そこそこ成功するのではないでしょうか。
 能力や才能の問題ではないのです。自分をどう考えるか、自分の人生をどう考えるか、なのです。そして、どのように考えるかは、記憶が決めているということです。
 それほど老齢というわけではないのに、早くも老けてしょぼんとしてしまう人の大半は、過去のネガティブな記憶に毒され、縛られているのです。「過去に洗脳されている」と言ってもよいでしょう。「自分は今までさえなかった、だから、これからもさえないだろう」というわけです。
 しかし、これからの人生をさえなくさせているのは、「自分は今までさえなかった」という記憶なのです。そのために、たとえば、ほんの小さな失敗をしただけで「やっぱりそうだ。自分は何をやってもうまくいかないのだ」というように決め付けてしまい、苦い体験の数々を思い出して自分の「信念」は正しいのだといわんばかりに強化させ、ますますネガティブな思い込みに自らを陥れてきたわけです。そうして、自分の可能性、未来の可能性を、自ら台無しにしてきたのです。
 過去が失敗や挫折ばかりだからといって、これからもそうなるという根拠はまったくありません。そのことは偉人の伝記を見ればよくわかるでしょう。リンカーンなどはやることなすこと失敗や不運ばかりでしたが、最後には偉業を成し遂げました。しかしもし彼が過去のネガティブな記憶にとらわれていたら、今日のリンカーンは存在していなかったでしょう。
 ですから、絶望し、未来に希望が持てないという人は、今日限り、過去の自分と決別するべきです。生まれ変わったように、別人として生きるのです。過去のことを思い出すのはやめましょう。思い出しても、その過去は自分ではない誰か他の人のことだと考えましょう。そうして人生をリセットし、今から人生が始まるのだと考えましょう。
 そのうえで、いま置かれている現状や問題点を冷静に分析し、対策を立て、希望と目標を持って明るく努力をしていくことです。そうすれば、今までは予想もできなかったすばらしい未来が創造されていくはずです。
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コメント

ご無沙汰でした、斎藤先生。

人生を前向きに生きられなくなった人にもいろいろ理由はあると思いますが、本質は「生まれたままの自分」を否定され続けて「曲がった」ということなのではないかと思います。この世界はピュアにありのままに生きようとする人には地獄です。利用されたり、理不尽なルールに従わせられたりと、歪まざるを得ない流れが押し寄せます。それでも自分を貫き続けられる人が果たしてどれだけいるでしょうか?

異論はあると思いますが、「今」「自分」を捨てて、そんな世間に順応しようと「賢い大人」を目指したとき、曲がってゆくのではないかと。その果てにステレオタイプの人生に自分を押し込み、スレたり、くたびれたりしてゆく・・・。

今、NHKの朝ドラのヒロインはそんな、「真っ直ぐな心のまま」大人になった「純」という娘で、人の本性を見ることができる「愛~いとし」という青年と出会い、小さくまとまった社会に波紋を投げかけながら、「誰もが幸せな結末」を迎えられるように奮闘しています。面白いですよ。

リンカーンといえば、彼がもしバンパイアハンターだったら、という斬新なアイデアの映画「リンカーン・秘密の書」というのがありましたね・・・。
2012-11-28 Wed 20:01 | URL | ワタナベ [ 編集 ]
斉藤啓一です。ワタナベさん、コメントありがとうございました。
この世界は、純粋に生きようとするには、あまりにも生きにくい世界ですね。せめて死後に、そのような生き方が報われるといいのですが。
なんとかがんばって、生き抜いていきましょう。
2012-11-28 Wed 21:46 | URL | [ 編集 ]

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