心の治癒と魂の覚醒

        

 明るく生きる


 神は光であり、私たちの本質は神なのですから、私たちは明るく生きなければならない、ということになります。暗く陰鬱な心というのは、神(の光)が差し込めていない状態であり、これでは神と共感できず、神と分離した状態ということになります。覚醒した人(神と一体になった人)というのは、明るいはずです。
 明るい心の大切さは、たいていの宗教で説かれています。なかでも神道などは明るい心を非常に重要視していますし、ユダヤ教の神秘主義ハシディズムなども、「明るく喜びをもって生きなければ神のもとにはいけない」と言っています。ヨーガもまた、すでにこのブログでも取り上げたことがありますが、修行を成功させるには「サットヴァ・グナ」という明るさの要素を優位にするべきだと主張していますし、仏教も、暗く落ち込んだ気持ちを戒める教えがあります。
 もちろん、「明るさ」といっても、世俗的・物質的な享楽を土台にする明るさではありません。むしろ、そのような物質的な欲楽から離れたところから湧き上がる、すがすがしく清らかな喜びや明るさのことだといえるでしょう。
 いずれにしろ、覚醒の道を歩むには、陽気で明るくあることが求められるようなのです。さもないと、霊的なよい影響力から自らを遮断してしまうとされています。そのため、暗い気持ちで祈っても、その祈りは届かないといわれています。祈りを叶えたければ明るい心で祈ることです。
 しかし、明るく生きることが大切であることはわかっていても、実際にそのように生きることは、容易ではありません。この地上人生は、心を暗く陰鬱にさせてしまう要素があまりにも多いからです。明るくなろうと思っても、心の底からそうはなれないこともあります。そんなときハシディズムでは、「演技でもいいから明るく振る舞え。そうすれば気持ちも明るくなるだろう」と言っています。これには一理ありますし、そのように努力してみるべきでしょうが、いくら演技をしても、人生の辛い経験に打ちのめされているようなときは、なかなか明るくなれるものではありません。演技をして明るくなれるのは、比較的軽い抑鬱気分のときだけではないでしょうか。
 しかしそれでも、「明るく生きること」が、霊的成長にとって必要不可欠であることは間違いないのです。
 ですから、すぐにはその理想が実現できなくても、少しずつ理想に近づいていくべく、さまざまな工夫を重ねながら、根気強く努力を続けていくしかないように思います。
 大切なことは、暗さや陰鬱さを心に永住させることをゆるさない姿勢です。どうしても辛いときは、しばしの間、暗く沈み込んでもいいと思います。悲しい音楽を聴くと逆に気持ちが癒されるように、浄化(カタルシス)の作用をもたらすからです。そういう状況のときは、無理をして明るく振る舞わない方がいいと思います。
 しかし、そうしてある程度、癒されたり清められたりしたら、あとは毅然として暗さや陰鬱さを心から追い出すべきです。暗さや陰鬱さというものは、アルコールやドラッグのように、ある種の中毒性、依存性を持っているようです。自ら暗さや陰鬱さを求めるようになり、それに浸りたくなってくるのです。そうして暗さや陰鬱さが慢性的に心に常住するようになってしまいます。「暗さの中毒」になってしまうのです。これではいけません。
 一時的には暗く落ち込むことはあっても、基本的には、私たちは明るく陽気な心を輝かせていなければなりません。明るさは神から来るものであり、私たちは神のエネルギー(光)の媒体にならなければならないからです。
 考え方を変えるだけで、暗く陰鬱な気持ちが明るくなることはよくありますから、試してみてください。必要以上に物事を深刻に、悲観的に考えていないかどうか、自分の思考をチェックしてみるのです。しっかりと理性的に自分が置かれた状況を認識するならば、ほとんどの場合、思っていたほど暗く陰鬱なものではないことがわかったりします。
 また、暗く陰鬱な物事を前にして座り込んでしまうのではなく、それを解決すべく行動を起こすことです。思いきって体当たりし、「これでもか! これでもか!」と、不撓不屈の精神をもって断固として闘うことです。そうすれば、暗さや陰鬱さの気持ちに流れていたエネルギーが行動の方に流れていき、暗さや陰鬱さから解放されてくるはずです。

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コメント

いつもありがとうございます。

出目から不条理な環境・・・

繰り返す不幸な出来事に、抗う気持ちも失せ、
暗さや陰鬱さに呑まれたまま生きてしまった長い時間があります。

でも今、

「明るさは神から来るものであり、私たちは神のエネルギー(光)の媒体にならなければならないからです。」

この、自分に必要な言葉を感謝して受け止めます。
2012-12-06 Thu 20:20 | URL | シビラ [ 編集 ]
斉藤啓一です。シビラさん、コメントありがとうございました。
暗さや陰鬱さに呑まれてしまうことは、生身の人間である限り、仕方がないことだと思いますが、それでもなんとか乗り越えていきましょう。
「感謝は光」という言葉をどこかで聞いたことがあります。私のブログに感謝してくださり、ありがとうございます。
2012-12-06 Thu 21:34 | URL | [ 編集 ]

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