心の治癒と魂の覚醒

        

 毎日を大切にする


 人間は、辛いときや悲しいときほど、人生について考え、神に思いを向けたり、霊的な事柄に関心を寄せるようになります。しかし、これといって辛いことも悲しいこともなく、何をしても恵まれて満たされた生活をしているときというのは、まず人生について深く考えることはありませんし、まして、神に思いを向けたり、霊的な事柄に関心を寄せることは稀でしょう。それどころか、なかには高慢になったり利己主義に陥ってしまうこともあります。
 後になって振り返るなら、辛いときや悲しいときほど、人間性や霊性が進歩したときはないということがわかるのです。そのときは苦しくても、後になってみれば、霊的に見て実はもっとも実りある有意義な生き方をしていたということがわかるのです。
 決して人の生き方をとやかく言うつもりはありませんが、テレビをつければ、くだらない番組ばかりです。なかにはよい番組もありますが、低俗でくだらないものが多いです。そんな番組を毎晩のように見てケラケラ笑っている人生など、貴重な人生の時間の無駄であると思います。たまに見て気晴らしをするのはよいとしても、年中、そんなくだらない番組を見ているのは、せっかくこの地上に生まれてきた目的を台無しにしているようなものです。見ている最中は面白いかもしれませんが、見終わった後に何が残るでしょうか?
 あまりにも未来のことばかりを考え、現在に目を向けないのも考えものですが、現在にだけ目を向けて未来がどうなるかを考えないのも問題です。結局、未来とは今日の積み重ねだからです。毎日一生懸命に勉強を積み重ねている学生は、受験に合格し希望の学校に入学し、また将来は希望する生き方ができる可能性が高くなるでしょう。しかし、毎日勉強もせずにくだらない番組を見てケラケラ笑って過ごしているならば、将来に対する何の積み重ねもありませんから、後になってその怠惰の代償を払わなければならないことになるのです。
 どんなにわずかでもよいので、自分を成長させていく努力を毎日重ねることです。それが未来を創造していくということです。輝かしい未来は、偶然に突如として目の前に現れることはありません。そのための地道な努力の積み重ねによって必然的に生まれてくるものです。貯金と同じです。コツコツ貯金をしていないのに、預金通帳の金額が増えるはずがありません。
 毎日、充実した時間の使い方をしていれば、必然的に未来も充実した明るいものとなるのですし、毎日、くだらないことに時間を費やしていれば、それなりの未来しか待っていないことになります。ですから、未来を構築するレンガである一日一日を大切にし、地に足をつけて充実したものにすることが大切なのです。
 その場合、世間的な意味で楽しいときよりも、辛さや悲しみ、悩みを抱えていたときの方が、冒頭で述べたように、人生を真剣に考えたり、神や霊的な事柄に関心を寄せるようになりますので、成長が促進され、一日一日が有意義なものになっていくことが多いのです。今は気づかなくても、いつかそのことがわかるときが来るはずです。逆説的ですが、霊的な真実から見れば、人生が楽しいときほど危険なときです。人間性が知らないうちに堕落して道をそれることがあるからです。むしろ、人生が苦しいときの方が、実は安全なのです。自暴自棄にさえならなければ、魂が着実に成長し、地上に生まれてきた本来の目的にかなった道を歩むようになるからです。

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