心の治癒と魂の覚醒

        

 楽しんでやる


「人生とは、重い荷物をかついで坂道を登るようなもの」と、誰か偉い人が言っていましたが、とにかく生きるということは楽なことではありません。お金を稼ぐことは楽なことではありません。学生なら受験勉強は楽なことではありません。主婦なら家事は楽なことではありません。人間関係を築くのも楽ではありません。健康を維持するために、ダイエットしたり運動するのも楽ではありません。まして、病気にでもなれば、健康を回復するために治療生活を送ることは、楽なことではありません。
 とにかく、嫌なこと、辛いことを、じっと耐えてやらなければならないことが、人生にはたくさんあるわけです。つまらないこと、面白くも何ともないことも、我慢してやらなければなりません。
 けれども、「どうせやるからには、楽しんでやるようにしよう」と、このように私は思うようにしています。とうてい楽しんでなどやれないこともありますが、心構えを変えることで、それなりに楽しんでやれることは意外に多いものです。ちょっと無理やりでも「これは楽しいことなのだ」と思ってやるようにすると、なんとなく楽しく思えたりすることもあります。
 修行なども、眉間に皺を寄せて堅苦しく行うのではなく、少し誇張すれば、遊ぶような気持ちで楽しく行うことが大切ではないかと思うのです。
 というのも、人が何かを楽しんでやっているときというのは、たいていリラックスしています。そして、生き生きしています。生き生きとリラックスして何かをするとき、その人が持っている能力が最大限に発揮されます。これが生命にとってもっとも健康的な状態なのです。このことは、霊的修行にも言えることではないでしょうか。もちろん、仕事でも勉強でも、その他、どんなことにも言えます。楽しみながらやるときこそ、もっとも上手にできるのです。
 人生は辛いことが多いのは事実であるとしても、自分の思い込みで必要以上に辛くする必要はないわけで、生命が生き生きするように、なるべく楽しんでやるような心構えを養うこと自体が、ひとつの貴重な成長・進化ではないかと思います。
 そのためには、物事を楽観的に考えるようにすることが必要かもしれません。同じ出来事でも、それをどう解釈するかによって、楽しいものとなったり、辛いものとなったりします。人生において辛いことは十分すぎるくらい間に合っているわけですから、これ以上、わざわざ辛い思いを付け足すことはありません。
 ですから、楽しんで仕事をするようにしようではありませんか。楽しんで修行をするようにしましょう。楽しんで勉強し、楽しんで家事やダイエットや運動や病気治療をしましょう。すべてを楽しみましょう。微笑みながら、笑いながら、仕事も修行も勉強も家事も、何でもするようにしてみるのです。そのように努力すること自体が修行です。
 人生において本当に深刻なことなど、そう多くはありません。ほとんどは、笑い飛ばしてすましても大丈夫なことばかりです。今までくよくよと悩んでいたことも、笑い飛ばしてやろうではありませんか。
 どんなことも楽しんでやれる人は、スケールの大きな偉大な人です。そのような人をめざしていきたいと思うのです。
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