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心の治癒と魂の覚醒

        

 忍耐と我慢強さを鍛える


 地上人生というものは、もともと幸せになるための舞台ではなく、困難や悲しみ、試練や苦しみを通して人格を向上させ、霊性を進化させ、魂を磨いていくための舞台なのです。
 人生などというものは、過ぎてしまえば、あっという間の出来事です。この言葉は、若い人には実感できないかもしれません。人生は長いと思うかもしれません。けれども、40代以後の読者の人なら、この言葉がある程度はうなずいてもらえるのではないかと思います。この短い人生を、私たちはどのように生きていけばよいのでしょうか?
 それはまず、辛いことに対する耐え抜く力を養うことがあげられます。というのは、死後、魂になった私たちは、さらなる向上をめざして生きていくことになるわけですが、そのときに大切なことは、忍耐であり、我慢強さだからです。地上世界においても、霊的世界においても、進歩というものは、長く地道な努力を必要とするものです。ですから、途中で嫌になって放り投げたり、せっかちな行動に走ろうとする性格では、進歩は望めません。忍耐と我慢強さが求められるのです。地上人生において辛いことを経験するもっとも大きな理由が、この忍耐と我慢強さを鍛えることにあるのです。ですから、人生において辛いことというのは、けっこう長く続くことが多いのです。人によっては生まれてから死ぬまで一生続くこともあります。たとえば、肉体に障害を持って生まれたといったような場合です。肉体に障害があるからといって、一概にその人生が不幸で辛いものであると決め付けることはできませんが、一般的には楽ではないでしょう。死ぬまで解決されることのない辛さにじっと耐え抜く人生を送ることになるわけです。地上人生というものは、そうして忍耐力や我慢強さを鍛えるには、非常に好都合な場所なのです。ですから、そのために私たちはこの地上にわざわざやってきているわけです。それも、向上心の強い魂ほど、過酷な苦しみを自分に課すことになるわけです。
 しかしながら、そのようにして鍛えた忍耐力や我慢強さは、死後、霊的な世界に移行したとき、すばらしく報われることになるのです。霊界において、格段に大きな進歩を遂げることができるからです。
 そして、これまでにもたびたび申し上げたように、霊界での喜びや幸せのすばらしさは、地上の比ではありません。時間的にも、地上人生はほんの一瞬ですが、霊界での生活は非常に長いのです。ですから、私たちの魂は、霊界で幸せになれるなら、ほんの一瞬に過ぎない地上人生など、一生辛い思いをしてもかまわないと考えるのです。そのために、地上人生は辛いことが多く、またそれが長く続いたりするのです。あるいは「一難去ってまた一難」といったように、次から次へと苦労が続いたりするわけです。
 それは、地上的な視野から見れば悲惨で不幸かもしれませんが、霊的真実からすれば、それでよいのです。その苦しみを何十倍、何百倍も補ってあまりあるくらいの幸せで報われることになるからです。
 ですから、辛いことも、じっと耐えましょう。心を歪ませたり、世の中を呪ったり、人を恨んだりせず、心静かに、じっと耐え抜くのです。耐え抜くというだけで、天にある種の「貯金」をしているのだと思うことです。明日を思い煩うことなく、今日という日だけを耐えましょう。「この辛さがこれからもまだまだ続く」と考えたら萎えてしまいます。今日一日だけを耐えて生きるのです。あとはそれを繰り返していくだけです。辛い道のりではありますが、その彼方には間違いなく光明が待っているのです。それを希望にしていきましょう。
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コメント

タイムリーな記事、ありがとうございます。

地上的には、悲惨で不幸な人生を送ってきました。

でも、「辛いことも、じっと耐えましょう。心を歪ませたり、世の中を呪ったり、人を恨んだりせず、心静かに、じっと耐え抜くのです。」

この言葉を頼りに、今日一日を生きていきます。
2013-02-04 Mon 13:20 | URL | シビラ [ 編集 ]
斉藤啓一です。シビラさん、コメントありがとうございました。
そうですね、今日一日を生きていきましょう。
2013-02-04 Mon 19:40 | URL | [ 編集 ]

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