心の治癒と魂の覚醒

        

覚醒とはどういう意識状態なのか?

 そもそも、覚醒とは、どういう状態をいうのでしょうか?
 また、どうすれば、覚醒できるのでしょうか?
 これについては、いろいろな角度から、いろいろな説明ができると思います。これからこのブログにおいて、少しずつ詳細にお話させていただこうと思っておりますが、最初である今回は、ごく簡単に、比喩を交えながら、説明させていただこうと思います。
 さて、ここにラジオがあるとします。このラジオはひとつの放送局の番組しか受信しません。その放送局から流れている音楽は退屈で、ときどきウキウキさせる曲も流れますが、雑音のような不愉快な曲もかなり流れます。
 このラジオを聴いている人は、こんな曲しか聞こえてこないので、この世の中には、こんな曲だけしか存在していないと思いこんでいます。
 ところが、ラジオの取り扱い説明書を読むと、チューニング・ダイヤルというものを回せば、他の放送局の番組も聴くことができると書いてあるではありませんか。
 この人は、注意深くダイヤルを回してみました。するとなんと、今度はたとえようもなく美しい名曲ばかりが次から次へと流れてきます。そして、至福に浸りながらこう思います。「この曲こそ、自分が求めていたものだ!」と。
 ご存じのように、この空中には、たくさんの電波が混在しています。チューニングをすることで、そのなかからひとつの電波を選択して聴くことができるのです。
 同じように、この世界には、たくさんのエネルギーが混在しています。
 この物質世界は、そのなかでも、もっとも周波数の低いエネルギーの世界だといわれています。私たちがこの物質世界のことだけしか認識できないのは、私たちの感覚器官というチューナーが、物質的なエネルギーしか受信できないからです。
 ところが、もっと高い周波数のエネルギーで構築された世界も存在しているのです。そのエネルギーは、至福であり、平和であり、愛であり、英知であり、神聖であり、調和です。
 覚醒とは、意識をそうしたエネルギーを受信できる状態にさせ、その至福、平和、愛、英知……で満たされること、それと同時に、そういったすばらしいエネルギーで構築された世界の住民になることなのです。
 つまり、覚醒した人(覚者)は、肉体を持って地上世界に生きながら、同時に高い霊的な次元に生きるようになるのです。
 ところがそうなると、二つの放送局が混信したみたいで、意識が混乱してしまうのではないのかと思われるかもしれません。しかし、どうもそれは大丈夫みたいです。
 これをうまく説明するのは難しいのですが、たとえるなら、私たちの視界のなかにたくさんのものが入ってくるのと似ているのかもしれません。それでも私たちは、決して混乱せず、一応すべての事物を認識できます。たとえばクルマの運転をするとき、信号機も目に入りますし、歩行者も、前のクルマも、街の様子も、バックミラーも目に入りますが、混乱はしません。同じように、物質世界と霊的な世界の両方を同時に認識することができるようです。
 ただし、人間の意識(魂)の本当の居場所は、高い次元の世界ですから、覚者になりますと、その高い次元の世界に意識の中心がおかれます(そのために至福と英知に満たされるわけです)。そして地上世界のことは、まるでテレビでも見ているかのような感覚になるようです。肉体の「自分」は、まるで他人のような感覚に思われ、あるいは最近はやりの言葉でいえば、「アバター(分身)」といった感覚でしょうか。
 こうした説明は、もちろん、覚醒していない私の知的な推測にすぎず、どれほど正確かはわかりませんので、どうかそのつもりで耳を傾けてください。
 次回は、以上の理論に基づき、いかにすれば覚醒できるか、そのメカニズムを説明させていただきたいと思います。
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