心の治癒と魂の覚醒

        

免疫力を高める

 私のうつ病は、昨年8月に会社を辞めてひと月かふた月くらい休んでいれば治ると思っていた。長くても年内には治ると思っていたが、その考えは甘かった。全体的には改善の方向に進んでいるように思われるが、その歩みは遅々としている。
 私は、再発を繰り返し、抗うつ剤も効かず、医師から「治らない可能性が高い難治性うつ」と言われた自分のうつを治すことで、このブログを読んでくれている、やはりうつに苦しむ人に希望を与えたいと願って、こうして闘病記録のようなものを書いているが、こうも治りが遅く、とりわけ具合が悪いときなどは、ついそんな気持ちも萎えて絶望的になってしまうこともある。
 むかし、「うつ病はあらゆる病気のなかで一番苦しい」と言っている外国人医師の書いた本を読んだことがある。そのときは、「少し大袈裟かな」と思った。たとえば、モルヒネも効かなくなった末期がん患者の苦しみの方が、たぶん苦しいと思う。しかし、そのような苦しみは長くは続かない。せいぜい数時間、長くても数日であろう。しかし(重度の)うつの苦しみは、毎日毎日休みなく、数ヶ月も数年も続く。それを考えると、確かにうつはあらゆる病気のなかで一番苦しいというのは真実かもしれない。

 けれども、末期がんの場合は治る可能性はきわめて低いが、うつの場合は、あきらめさえしなければ、必ず治る、少なくとも大幅に改善されると思っている。医師は「治らない」というが、それは彼らが学んだ方法では「治せない」という意味であって、「治らない」というのは正しい表現ではない。実際、今日の精神医学の手法だけでは、難治性うつは治らないと思う。
 しかし、私がインターネットを通して、ありとあらゆるうつの治し方を調べていった結果、現代精神医学の範疇を超えた、うつへのさまざまな対処法があることを知った。そして、実際、難治性うつを克服した人の体験談なども読むことができた。
 だから、もしあなたがうつ病で、医師から「治らない」と言われたとしても、それは「彼らには治せない」というに過ぎず、「治らない」わけではないということを、しっかりと覚えておいていただきたいと思う。さもないと、医師から「治らない」などと言われると、それで絶望的になってしまう。そうしてずっと薬づけにされ、うつが悪化あるいは慢性化して、実際、治らないものとなってしまう。過激な表現かもしれないが、うつを治らなくさせているのは精神科医たちではないだろうか(すべての精神科医がそうだとは言わないが)。

 過去のブログで述べたように、うつ病を治すには、まずは向精神薬(抗鬱薬、精神安定剤)を止めることが最初の第一歩となると思う。もちろん、それは段階的に徐々に減薬していかなければならない。さもないと離脱症状の苦しみに襲われて、かえって悪化させてしまう危険もある。絶対に無理はいけない。とはいえ、我慢できる程度の多少の苦しみは覚悟しなければならない。
 今のところ、私の減薬はうまくいっている。ピーク時には、1mgの錠剤を一日に8錠から10錠も飲んでいた(規定量は1.5mg)。今は、一日に2.5錠から3錠で平気になった。それでも規定量の2倍くらいになっているが、一ヶ月もしないうちにここまで減薬できるとは思わなかった。しかし、ここからの減薬が難しそうである。
 減薬を始めてから、離脱症状なのか、それとも、もともとのうつの症状が現れたのかははっきりしないが、薬を大量に飲んでいるときよりも気分が重く、悲しみや絶望感、意欲減退が強く感じられた。とにかく何もする気が起きない。何かしても1時間もすると具合が悪くなって横にならなければならない。
 また、肉体的にも調子が悪い。軽作業でも1時間も続けられない。また、手が微妙に震えるようになり、文字を書くと歪んでしまう。そして何よりも、免疫力が低下したように思われる。先月に「胃腸風邪」を患ったのも、ウィルスや細菌に対する抵抗力が落ちているためであることは間違いない。また、皮膚に湿疹ができたりしているが、これも免疫力の低下によるものだろう。寒さに非常に弱くなり、今年は暖冬だというのに、外に出ると骨にまで冷たさが浸透してくるようで、手足が冷たくなる。

 そこで、私は減薬と同時に、免疫力を高めることも実行することにした。インターネットで調べると、免疫力を高めるためのいろいろな方法が紹介されている。
 まず大切なのは、デトックス(解毒)である。体内に蓄積された薬を排除しなければならない。実際、向精神薬に限らず、およそ薬というものは免疫力を低下させてしまうという。なので、やたらに薬を飲むことは、なるべく控えた方がいい。長期的には健康を害してしまう怖れがある。免疫力の低下は、感染症やがん、その他あらゆる病気の原因になることは言うまでもない。
 体内の毒素は、主に尿や汗から排出される。そこで私は、汗をかくことから始めた。本来は運動によって汗をかいた方がいいのだが、まだそこまでの意欲がないので、近所にあるスーパー銭湯に通って、岩盤浴やサウナに入って汗をかくようにした。そのとき、デトックスによいと言われる「水素水」というものが売られているので、まずそれをコップに一杯飲んでから汗をかくようにした。そして汗をかいた後は、水風呂につかってからだを冷やす。一説によると、急にからだを冷やすと、脳が「緊急事態」と感じてからだの免疫力が強化されるのだそうだ。また、自律神経(これは免疫力と密接な関係があり、うつの人は自律神経の働きが低下している)を正常化させる効果もある。実際、うつの治療のひとつとして冷たい水を浴びるという方法がある。
 今まで二日ほど以上のことを実行してみたが、けっこう調子がいい。薬をそれほど飲まなくてもすむようになり、薬の量が減った。また、心身が軽くなった感覚がある。
 また、デトックスで重要となるのは、腸の状態をよくすることだといわれている。具体的には善玉菌を増やし悪玉菌を減らすことで、そのためには何を食べるかが決め手となる。ヨーグルトなど善玉菌を積極的に入れるようにする他、善玉菌を活性化させる食べ物というものがある。それもインターネットで調べると知ることができる。基本的には野菜、それもだいこんやごぼうやれんこんなどの根菜類が有効らしい。今後は、そういう食品を中心に食べて行こうと思う。
 こうして、私はじりじりと歩んでいる。人生というものは、なにごとも、あきらめなかった者が最後には勝つのだ。そのように自分に言い聞かせながら・・・。
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コメント

斎藤先生

減薬がうまくいっているとのこと、嬉しく思います。精神的に落ち込んだり、ウツ状態になったりすると、身体の免疫力も落ちてくるかと思うので、減薬と同時に免疫力を高めるのはたいへん効果的だと思います。
いつか先生がブログで書かれていたように、この世の中は、よくよく見ると、多かれ少なかれ人をウツにさせるようにできているような気がします。で、それを乗り越えるためには、究極的には意識を覚醒させる、新しい次元の意識を発達させるしかなく、そのためにこつこつ努力するしかないのではないか、と最近よく思います。ですから、「ウツ=病気=よくないこと=治さなくてはいけない」とは単純には言えない気がします。(もちろん、本当に苦しい重度のウツの場合は、とりあえず薬である程度症状を和らげる必要はあるでしょうが)私は、ウツを経験してからは、他人(特に小さな子供など)を見ていると、たとえ今は幸せそうでも、「ああこの子たちもみんな、魂の修業のために生まれてきて、生まれてきた以上必ず苦労が待ち受けているんだなぁ」と思い、何とも言えない気持ちになることがあります。多分、キリストやブッダ、マザーテレサなどの偉大な人たちは、こういうことをもっと深いレベルで常に感じ取り、それが彼らの人類全体への愛情や共感の源だったのではないでしょうか?
2016-01-18 Mon 12:38 | URL | りっくん [ 編集 ]
斉藤啓一です。りっくんさん、コメントありがとうございました。本当に、おっしゃる通りですね。最近起こったバス事故で、なぜ将来ある若い人が死ななければならないのだろう、本人も可愛そうだけれど、親御さんの気持ちを思うと胸が痛みます。この地上は、魂の修行場、それもスパルタ教育ですね。40才までの死因の一位が自殺というのも、地上での試練に耐えきれない人がどれほど多いかを物語っているようにも思います。
私は、成長のために苦しみはある程度は必要だと考えていますが、少し度を超しているのではないかとも感じます。正直、神の真意(愛)に疑問を感じることもあります。
2016-01-18 Mon 20:24 | URL | 斉藤啓一 [ 編集 ]
はい、私も確かに「この世の修業の内容は少し度を超している」と思います。あまりにも残酷で、精神や肉体がぼろぼろになってしまうような経験から、正直何を学べというのだろうと思ったりします。これは単なる私の考えにすぎませんが、そのような残酷ともいえる「修行」は、神の愛ゆえに起こるということとは違う気がします。何か、神の力を持ってしても、ある程度の所からは立ち入れない宇宙の法則のようなものが働いていて、この世は残酷なことがある程度起こらざるを得ないようなしくみになっているのではないか?と感じます。それがなぜなのかはわかりませんが…(人類が精神的にもっと進化すれば、そういう世界ではなくなっていくのかもしれませんが…)せめて、この世で残酷な経験をしてそのまま亡くなってしまった方々の魂が、しっかりと癒されるようなシステムがあの世に存在していることを願うぐらいしか、今の私には思いつきません。
2016-01-19 Tue 17:23 | URL | りっくん [ 編集 ]
斉藤啓一です。りっくんさん、コメントありがとうございました。今回のご意見も同感で、まったく同じ考えです。このように考えなければ、神は愛だとはとても思えませんから。ただ、この考えは「神は万能」という考え方を否定するものではありますね。神が世界を創造したとするなら、神は万能のはずですが、そうではないとすると、神という存在をどのように考えたらいいのか、新たな疑問が生じてきます。もっとも、そのような形而上学的なことを探求することに意義があるのかどうか、それより意識の覚醒という具体的なことにエネルギーを費やした方がいいのかもしれませんが。
2016-01-19 Tue 19:02 | URL | 斉藤啓一 [ 編集 ]
斎藤先生

これはむずかしい問題ですよね。神(と私たちが呼んでいるエネルギー)から世界はつくられているのでしょうが、いわゆる聖書で語られるように、神が人のような人格を持っていて「これを作ろう。次はあれを作ろう」と言って世界を作ったとは、私はちょっと考えにくい気がします。神は万能かもしれませんが、神にとっての万能と私たちの考える万能はちょっと違うのかもしれません。神は万能だからといって、人間を(少なくともこの世にいる間に)苦しみから救ってくれるとは限らないですよね。究極的には、この世は「一切空」「光と影でできた映画のようなもの」と考え、またそれを実感していくことで、(つまり「自分という人間は役割にすぎず、自分自身の本質ではない」ということに目覚めていくことでしか、救いは得られない気がします。ただ、これもまた簡単なことではないですよね。本当に、なぜ神はこんな世の中を創造したのか、私にはわかりません(笑)。
2016-01-25 Mon 12:08 | URL | りっくん [ 編集 ]
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2016-01-30 Sat 19:35 | | [ 編集 ]
ゆうみさんへ
カバラ数秘術のお問い合わせありがとうございました。また拙著をご愛読いただき、ありがとうございます。
通信講座に関しましては、残念ながらやっておりません。各数字の意味は、丸暗記するというよりも、象徴的な原理を覚え、そこから具体的な事象について連想していく、というやり方をして、あとは実践を重ねていけば、自然に覚えられますし、その方が応用が効きます。
お役に立てず申し訳ありません。ご健闘をお祈りしています。
2016-01-30 Sat 20:32 | URL | 斉藤啓一 [ 編集 ]
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2016-01-31 Sun 09:01 | | [ 編集 ]

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