心の治癒と魂の覚醒

        

健康寿命について

 私のうつの状態は、新薬エビリファイでずいぶん楽になり、その結果、精神安定剤の減薬も一日1錠くらいにまで減らすことができた。気分のひどい落ち込みもなくなり、病状は底を打って回復へと向かいつつあることは確かなようだ。しかし、完全治癒までには先は長そうである。というのも、何かを長い間集中して行うことができないからだ。本を読んだり軽作業をしたり、ドライブなどをしても、1、2時間もすると具合が悪くなり、その後はしばらく横になるか、翌日になっても具合の悪さを引きずることがある。また、あいかわらず不眠は改善されていない。明け方まで眠れないとか、あるいはすぐ眠れても深夜や明け方に必ず二度は目が覚めてその後は睡眠が浅いという日が、ここ3年以上、一日も欠かさず続いている。そして朝起きたときに、何ともいえない疲労感が伴う。それは健康な人が覚える疲労感ではなく、「生きるのに疲れた」ような感覚を伴う疲労感なのだ。
 とはいえ、以前は何も活動することができず、一日の大半を横になって過ごしていたことが多かったときと比べれば、たとえ1、2時間でも活動できるようになったこと、また、活動しようという意欲が出てきたことは、大きな進歩であると思う。
 ここまで回復できたきっかけを作ったのはエビリファイであるが、それだけでなく、他にも健康によいとされるさまざまな試みをしていたことも大きかったであろうし、読者の皆様からのあたたかいご支援や声援にも支えられていたことは間違いない。
 ただ、まだ薬を服用しているということは、本当には治っていないということであり、もしエビリファイの服用をやめたら元に戻ってしまうというのであれば、今の調子よさというのは、薬が作り出した、ある種の幻想ということになるのではないだろうか。今後の課題は、エビリファイの服用を減らしていき、何の薬も服用していなくてもひどいうつ状態にならないことになるかと思う。

 ところで、こうしてうつを治すために、毎日のようにインターネットから情報を集めているが、そのおかげで、うつだけでなく、健康に生きるにはどうすればいいかという知識を、かなり蓄えることができたように思う。
 そんななか、ちょっと気になる情報が目にとまった。
 それは「健康寿命」についてである。最近よく耳にする言葉なので、ご存じの方も多いと思うが、これは健康で生きられる寿命ということだ。いま日本の平均寿命は、男性が約80歳、女性が約87歳である。定年は60歳であるが、政府は65歳まで定年を延長する方向で検討しているようなので、仮に65歳まで働いたとしても、男性は定年から15年間、女性は22年間の余生があることになる。これはそこそこ長い年数である。
 ところが、健康で元気に生きられる年齢(健康寿命)は、男性が71歳、女性が74歳で、それ以降は介護などの助けが必要になる可能性が高いという。つまり、定年後、健康で元気に生きられる期間は、男性で6年間、女性で9年間ということになる。
 これは、ほんのつかのまの時間とはいえないだろうか。
 定年後は(経済的にゆとりができて)自分の好きなことをして悠々自適な生活を送ろうと、楽しみに考えている人もいるかと思う。旅行に行ったり、趣味に没頭したり、いろいろなことをしようと。だが、そうできる期間は、男性の場合、わずか6年だけなのだ。今までずっと会社務めをし、嫌なことがあっても苦しいことがあってもじっと我慢し、好きなことがあってもやらないで辛抱し、ようやく定年を迎え、「これから好きなことをどんどんやるぞ!」と思っても、その期間はわずか6年。6年なんてあっというまに過ぎてしまう。人生の大半は、好きなこともやれない不本意な辛い生き方をしていたことになる。しかも、若いときのように何でもできるわけではない。体力は落ちているから、できることも限られてくる。若いときの6年と、老後の6年は違うのだ。
 それでも、定年後に好きなことができる人は、まだ恵まれているともいえる。現実は、貧困に苦しむ老人が急増している。大企業の役員クラスか、公務員で定年後の生活保障が充実しているか、親から大きな遺産をもらったといった人以外は、定年後も働かなければならない場合が多い。
 さらに追い打ちをかけるように、働けなくなって介護が必要になったとしても、お金がなくて介護施設に入れない場合が出てくる。先日、そういうことに詳しい人と話をしたのだが、介護が必要な人は非常に多く、そのため民間企業はせっせと介護施設の建設に乗り出しているのだが、いざ介護施設を建てたものの、入居者がいなくてがらんとしていることも少なくないというのだ。なぜなら、入りたくてもお金がなくて入れない人が多いからだという。
 世界経済は、これからますます厳しくなっていくといわれている。とりわけ少子高齢化と巨大な債務を抱える日本の未来は、絶望的ともいえるかもしれない。もはや、金融政策などといった小手先の手段ではどうにもならない状態であり、何の打つ手もないという。政治家たちは国民がパニックになるので口を閉じているが、経済学者の間では日本経済が破綻することは常識になっているようだ。私の友人の兄が、テレビなどにも出演している有名な経済学者なのだが、その人は、日本経済が破綻することは絶対に避けられないと断言している。その未来図は想像するだけでも恐ろしい。これは「予言」などというオカルト的なものではなく、統計から導き出された必然的な結果なのだ。問題は「いつそうなるか」ということだけである。大多数の見解では、すでに目前にせまっているらしい。
 さて、以上のような現実を知って、私は暗澹たるものを感じてしまった。人生というものは、何とはかないというか、残酷なのだろうと。
 大多数の人が、定年後の人生は悲惨なものになることがわかっているなら、好きなこともせず、ストレスのたまる嫌な仕事を定年まで我慢することには、ほとんど意味がないのではないだろうか?
 仕事が好きで生きがいを感じるというのなら、それはよいことだ。そういう人は幸せだ。しかし、好きでもない仕事をいやいやしながら定年後の自由な生活を夢見るというのは、やめた方がいいかもしれない。
 ならば、好きなことがあれば、いますぐにやっておいた方がいいのではないだろうか。どのみちよほどの大金がなければ生活が厳しくなるのは変わらないとすれば、少しくらい給料が下がっても、やりたい仕事ができる会社に転職するとか、あるいは出世などあきらめて仕事はほどほどにし、余暇を作って好きなことをやる。何よりも霊的向上を促す勉強や修行をする。この方が、ずっといいような気がするのだが、どうだろうか? そのような生き方をすれば、定年後にどうなろうと後悔はしないような気がする。
 もちろん、どのような生き方をするべきかは、個人によって違うから何ともいえない。しかしいずれにしろ、後悔のない生き方をするべきであろう。「私はこのままの生き方をして、将来、後悔することはないだろうか?」と、自問してみることが大切だろう。
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コメント

先生、お久しぶりです。153匹の魚です。
少しづつですが状態が良くなっているということで安心しました。どうか体を冷やさず、温めるようにしてご自愛ください。
先生が書かれていた好きなことをやるべきだという意見には私も全くの同意見です。私は今、会社員ですが、早くこのネクタイを外して自分で独立して仕事がしたいと思っています。

相変わらずテレビや新聞では今も取り上げられませんが、もうインターネットで調べれば世の中が嘘だらけであることは明白になってきました。個人個人が今まで封じ込められてきた自分の個性や価値観を発揮していくときだと思っています。
そういった中で先生が今まで研究されてきた数秘術や目に見えない世界などが実用できる事態になってくるのではないかと思います。今後も勉強していきたいと思っています。

またちょくちょくこのページを閲覧させて頂きます♪
2016-02-24 Wed 00:37 | URL | 153の魚 [ 編集 ]
斉藤啓一です。153の魚さん、お久しぶりです。自分の好きなこと、自分にあったことをするのが一番ですね。すぐには難しいとしても、粘り強くそういう生き方ができるように、計画的に努力を続けていくことが大切だと思います。そうすれば、いつか夢が実現する、少なくとも、夢にきわめて近い状態になると思います。
お互いにがんばっていきましょう。
2016-02-24 Wed 18:57 | URL | 斉藤啓一 [ 編集 ]

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