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心の治癒と魂の覚醒

        

魂は実在するのか?(2)

 前回は、魂が存在するとして、魂には質量があるのかについて考えました。その結果、おそらく魂には質量がない、つまり物質ではないと考えられました。
 そして、物質ではないとすると、エネルギーということになります。
 魂は、ある種のエネルギー体なのでしょうか?
こうした見解は、スピリチュアルの世界でよく耳にします。魂とか霊というものはエネルギーなのであると。
 こうした説明は、一見するともっともらしく科学的に聞こえるのですが、実はまったく説明になっていません。
 まず、エネルギーとはそもそも何なのか、その定義から見ていきたいと思います。
 エネルギーとは、「物理学的な仕事に換算しうる量の総称」のことです。たとえば、位置・運動・熱・光・電磁気などが、この地上で見られるエネルギーです。
 ひらたくいえば、物質に何らかの変化を与える力のことです。たとえば、熱エネルギーというのは、分子(という物質)を振動させる力のことです。熱とは分子の振動だからです。電子レンジが熱を発しないのに料理を温められるのも、電磁気が分子を振動させるからです。電磁気は電気と磁気のことで、電気とは電子を移動させる力であり、磁気とは、電気的に物体を引き寄せたり排斥したりする力のことです(かなりおおざっぱな定義ですが)。
 つまり、エネルギーというのは、それ単体で出現するわけではなく、物体を通じてその存在が確認できる力のことを言うのです。
 たとえば、私たちは「力」というものを純粋に見ることができるでしょうか?
 できません。物体が運動したり変化したりするときのみ、そこに力があるんだなとわかるだけです。その力のことがエネルギーです。

 仮に、百歩ゆずってエネルギーだけが存在していたとします。
 しかし、エネルギーというものは、自然に拡散して、まとまった個体にはなりません。たとえば、火を起こせばその周辺に熱エネルギーが存在しますが、熱はどんどん拡散していきます。電球は光を放射しますが、光はどんどん拡散していきます。純粋に熱だけ、光だけが、空間の一点に集約し、個体としての形態を維持することはできません。電気も同じです。電気のかたまりなどというものは存在しません。
 したがって、魂がエネルギーであるとしたら、魂という、ある種の個体を形成することはできません。個体がなければ、「私の魂、あなたの魂」といったようなものではなくなります。境界のない、遍在的なものになるのです。
 仮に、肉体に魂というものが宿っていて、その間は個体として存在したとしても、肉体という物質から離れた瞬間に拡散してしまい、個性を失って消滅してしまいます。たとえるなら、水の入ったコップにインクを一滴たらすようなもので、最初は個体としてのまとまりがありますが、どんどん拡散して水に溶け込んで消失するようなものです。

 このように、エネルギーだけでできている体といったものは存在しません。原理的にありえないわけです。
 以上の考察から、魂には質量がある、つまり物質的な存在であるとも考えられないし、かといって、エネルギーであるとも考えられないのです。
 この世は物質か、あるいはエネルギーのいずれかの実体しかありませんから、そのどちらでもないとすると、結局、魂というものは存在しない可能性が高くなるわけです。
 では、魂というものは、高次元の実体ということになるのでしょうか?
 これについて、次回、考えてみたいと思います。
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霊界と生まれ変わりの真実 | コメント:6 | トラックバック:0 |
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コメント

斉藤 さま

とても理解しやすい説明なのは流石ですね。
書き手の才能というのは、難しく書くのではなく、いかに伝わりやすいかだと思っています。

魂についてですが、『死んだときに魂の質量だけ軽くなる…』と良く言われるのは、誤った視点のためだと感じます。
人が生きているときは、いろんなものが流動します。
それはいろんなものに影響を与え、磁場や重力も例外ではありません。
生命活動が終わりを迎えると、それまで生じていた力に変化が起きます。
それが「軽くなる」という現象のもとだと考えます。

斉藤さまと同意見ですが、エネルギーは常に変化(移動)しなければなりません。流動・変化することで顕在化し、固定しておくことはできない性質です。

確かに、魂という名のエネルギーは存在しているかもしれません。ですが、それは普遍的なものではなく、常に変化しなければいけないもの。
それを空間にとどめておこうとするならば、その魂以外のエネルギーが何らかの影響を与え続けなければいけなくなります。

つまり忘れられた魂は消え、思い続けられる魂は残る……ただし、元の魂がそのまま残るわけではなく、思い続けている人のエネルギーがその魂を形作っているにすぎないと考えます。

今生きている人が、故人の魂を作り上げている……私はそう考えています。

だから故人の生き様から多くのものを学び、自分に活かすことで、それは守護霊のようなエネルギーを自ら生み出すことになるのではないでしょうか。

神様に祈るだけでは誰も救われません。
自分を救うのは自分自身。
人を救うのは人だと思います。
2017-09-24 Sun 14:53 | URL | 黒いネコ [ 編集 ]
斉藤啓一です。黒いネコさま、コメントありがとうございます。
「思い続けている人のエネルギーがその魂を形作っているにすぎないと」
↑このご見解は、奥が深いですね。新たな可能性のヒントを与えてくださいました。慎重に考えてみます。いつも貴重なアドバイス、ありがとうございます。
2017-09-24 Sun 19:41 | URL | [ 編集 ]
斉藤さま

少しでも参考になればありがたく思います。

続けてコメントします。
「生まれ変わり」や「前世」ですが、個の記憶はその個しか持ち得ないという先入観が、真実から遠ざけてしまっているように感じます。

知識や経験というデータは、独り占めしているようで、実はそうではない。

先日、動物の心を読むハイジという外国の女性の方がテレビに出ていました。
それを見ている時に感じましたが、会話しているのではなく、動物の記憶を読んでいるように見えました。
時系列などは関係なく、強く思い描いたもの、強い思いだからこそエネルギーとして残っているデータを読んでいるような感じです。

動物は敏感ですから、おそらくこの女性のように「人の思い」を敏感に感じる個体が多いと思います。
生きるためには、「他の恐怖」を敏感に感じる必要もありますから。

記憶は、人から人へ、時には動物や植物を介して、ずっとつながっていくものだと考えます。
もちろん、遺伝子に刻まれるものもあると思います。

あの人の記憶をもっていたから、あの人の生まれ変わり……なのではなくて、あの人の記憶を鮮明に受けついて生まれた別の個体だと思います。
記憶によって縛られるのではなく、新しい人格として生きることが大切だと考えます。
2017-09-25 Mon 13:35 | URL | 黒いネコ [ 編集 ]
斉藤啓一です。黒いネコさま、引き続きコメントありがとうございました。

「あの人の記憶をもっていたから、あの人の生まれ変わり……なのではなくて、あの人の記憶を鮮明に受けついて生まれた別の個体だと思います。記憶によって縛られるのではなく、新しい人格として生きることが大切だと考えます。」

まったく同感で、私も同じように考えています。
そう考える理由も含めて、あともう少ししてから、この問題について扱ってみたいと思っています。
よろしくお願いいたします。
2017-09-25 Mon 13:48 | URL | [ 編集 ]
斉藤さま

霊とか神とか、そういった精神的にすがりたくなるものを、こういった記事で客観的に、冷静に見つめなおしていくことはとても重要であると思います。
斉藤さまが一通り書き上げた時が、ゼロ地点に立てるような気がします。
すべてのことを客観的に、それでいて主観的に捉え、それぞれの現象の可能性を導き出した時、スタートできるのではないでしょうか。
本当の心の治癒……魂の覚醒というべきものが。

私はそれを見てみたいと思っています。
2017-09-25 Mon 18:27 | URL | 黒いネコ [ 編集 ]
斉藤啓一です。黒いネコさま、コメントありがとうございます。
この記事の目的は、決して否定しようとしているのではなく、また肯定しようとしているのでもなく、いわば「リセット」すること、まさに黒いネコさまの言われる「ゼロにすること」です。私たちは、一度ゼロの地点に戻って、あらゆることを再構築していくべきだと思っているのです。
引き続き、努力してまいります。

2017-09-25 Mon 18:51 | URL | [ 編集 ]

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