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心の治癒と魂の覚醒

        

エゴの罠

 例によって報告とお知らせから。
 先日6月15日/16日のイデア ライフ アカデミー瞑想教室は、「ヴィパッサナー瞑想法」について紹介しました。この瞑想法は、数ある瞑想法の中でも最も重要で基本的な瞑想法だと思います。ひとことでいえばグルジェフの説く「自己観察」と本質的には同じであると思いますが、最近になって脚光を浴び、この瞑想法を習いたいという人がかなりいるようです。授業では、この瞑想法の原理とやり方を詳しく説明しつつ、その問題点についても取り上げました。決してひとつのやり方や教えに偏らないのがイデア ライフ アカデミーの基本姿勢です。また「瞑想の心構え」として重要な説明もしていますので、瞑想に関心をお持ちの方はぜひ動画をご覧下さい。↓
 動画「ヴィパッサナー瞑想法」(ダイジェスト版)

 次回のイデア ライフ アカデミーは、7月6日/7日、哲学教室第8回「グルジェフ 人と思想2」を行います。今回はグルジェフ思想の中心部である「ワーク(修行法)」について詳しく解説します。今回のグルジェフ・シリーズ(全3回)は、けっこう反響があり、グルジェフに関心をもっている人が多いことを知って嬉しくなりました。やはり宗教やスピリチュアルな道を歩む人は、いえ、宗教やスピリチュアルには無関心な人でも、グルジェフの教えは、私たち人間のありかたと人生のありかたを深く考えさせてくれるという意味で、一度は学んでおくべきものであると思います。参加ご希望の方はホームページから↓
 斉藤啓一のホームページ

 それと、イデア ライフ アカデミーの専用ページを新たに作りました。そこでイデア ライフ アカデミーの内容や理念を詳しく書きましたので、ご覧いただければ幸いです。また、霊的な修行の道において非常に大切だと思われることを、「自己変革の極意」という小論文にまとめました。こちらもぜひご覧ください。

 では、本題に入りますが、今回、ヴィパッサナー瞑想法についての授業をするにあたり、ネットでいろいろと調べました。とりわけ、ヴィパッサナー瞑想の十日間の合宿に行った人の体験談を読んでみたのですが、そのなかで気になるものがありました。
 そのサイトに書かれてある体験談によると、ヴィパッサナー瞑想法のスタッフに、いろいろ質問をしたらしいのですが、しだいにそのスタッフの人はイライラし始め、ついには半キレ状態になったというのです。その体験談を書いた人は、ただ純粋に疑問を解決したいと思って繰り返し質問をしたそうなのですが、なぜキレてしまったのか不思議だったそうです。それで、たまたまそのスタッフだけの問題なのかと思い、他にヴィパッサナー瞑想をしている複数の人(その中には外国人も含まれる)に、同じように質問を繰り返すと、みんなしだいにイラついてきて、ついにはキレてしまったというのです。
 ヴィパッサナー瞑想法は、怒りなどの煩悩を消すのが目的であり、きちんとヴィパッサナー瞑想法をしていたら、イライラしたり、キレたりするはずがないのです。初心者であればまだわからなくもありませんが、指導する立場にあるスタッフがキレやすいというのは、理解に苦しみます。スタッフになるくらいですから、それなりの修行を積んできているはずです。それなのに、なぜすぐにキレてしまうのか、そのサイトの人も首をかしげていましたが、私も首をかしげてしまいました。
 しかし、これはヴィパッサナー瞑想法だけに限らないようです。
 私の知り合いから直接に聞いた話ですが、その人は、あるスピリチュアルの指導者に質問をしたところ、相手はしだいにイライラし始めたというのです。私の経験からも、スピリチュアルの世界にはまっている人たちは、ささいなことで感情を害する人が少なくないように思われます。
 なので、おそらくヴィパッサナー瞑想法だけの問題ではないのでしょう。

 これは私の想像ですが、瞑想やその他、さまざまなスピリチュアル的な修行によって、エゴが強化されてしまったのではないでしょうか。
 本来、スピリチュアルの修行の目的は、覚醒、すなわち、エゴを消すことが目的のはずなのですが、覚醒するまでは、すべての行動の動機はエゴを満足させることです。具体的には、支配欲、優越感といったものです。すなわち、「私の言う通りにしなさい、私のことを認めなさい」といった気持ちです。プライドと呼んでもいいかもしれません。その気持ちを満たすために、エゴはあらゆることを利用します。一般の人であれば、それはお金や名誉、地位といったものとなるのでしょうが、スピリチュアルにはまっている人は、スピリチュアルを利用してしまうのです。
 たとえば、「自分は悟りを開いた」だとか「最終解脱をした」だとか「自分はブッダである」などといって、人々から認められようとするわけです。お金や名声といったものは、誰がみてもわかるはっきりしたものですから、ごまかすことはできませんが、そういうスピリチュアルな世界は、はっきりとその真偽がわからない方が多いので、いくらでもごまかすことができます。その点で、スピリチュアルという世界は、エゴにとって居心地のよい、格好の場所となるのです。

 ところが、いろいろ質問をされると、答えられない質問も出てくるでしょう。「答えられない」となると、プライド、つまり、エゴが傷ついてしまいます。そのために、イライラして、ついにはキレてしまうのではないでしょうか。
 イライラやキレるというのは、怒りという代表的な煩悩ですから、いくら瞑想やその他の修行を積んでいたとしても、イラついたりキレたりした時点で、霊性が高くないことが明らかになってしまうのですが、そのことに気づかず、自分を怒らせた相手が悪いのだといったように責めることで、正当化してしまう傾向があるようです。
 このようなエゴの罠に陥らないよう、私たちは最近の注意を払う必要があると思うわけです。
 
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コメント

 こんにちは、斉藤先生。
 自己変革の極意、読ませて頂きました。先生の教室を訪れてもエゴを満足させる何物をも得られない、ということですね。正直な先生らしいと思います。 
 私も真善美の生き方そのものを楽しみにしていきたいと思いました。ありがとうございます。
2019-06-25 Tue 12:31 | URL | ワタナベ [ 編集 ]
斉藤啓一です。ワタナベさん、コメントありがとうございます。はい。私の教室に来ても、何も「よいこと」はありません。しかし、「超よいこと」なら、見つかるかもしれません。
2019-06-25 Tue 15:12 | URL | [ 編集 ]

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