心の治癒と魂の覚醒

        

いかにして霊的存在から導きを得るか 2

 祈りというと、神様にお願いすることを思い浮かべます。確かに、それもひとつの側面ではあると思いますが、本質ではないと思います。祈りの目的は、神と心を通わせること、神とひとつになることだと思うのです。
 神は愛であり、私たちが幸せになるよう、常に力を与えて下さっていることを理解しているなら、その有り難さに感激して、神に気持ちを向けるときには、自然に「感謝」の気持ちが湧いてくるはずです。その結果、「神様、ありがとうございます」という言葉が出てくると思うのです。
 誰がいったのかは忘れましたが、「もし祈りの文句を忘れてしまい、“神様ありがとうございます”という言葉しか出てこなかったとしても、それで十分である」という言葉があります。その通りだと思います。

 ところで、感謝の気持ちは、他者から親切にされたり、助けてもらったりしたときに湧き上がる気持ちです。そんな気持ちが湧いてきたということは、少なくても他者からの親切や援助、ややおおげさにいえば「愛」を、感じられる能力を持っていることを示しています。すなわち、愛に感応する能力があるわけです。愛に感応する能力が欠如している人は、感謝するということを知らないでしょう。
 そして、神は愛ですから、愛に感応する能力とは、「神に感応する能力」であるといえると思うのです。すなわち、神に感応するとは、いわば神と心を通わせることであり、神とひとつになることではないでしょうか。少なくても、そのために必要な基本となるものです。

 ですから、神に祈るということは、「神様、ありがとうございます」と、神が私たちに向けてくれる愛に、ただ感謝すればいいだけのことなのです。
 神は偉大な叡智でもあるでしょうから、私たち人間には予想もつかない方法で私たちを幸せに導いてくれているはずです。それはしばしば、狭い視野しか持たない私たちからすると不幸や苦しみに思えることもありますが、愛である神が悪いようにするはずがない、そんな神と心を通わせている私たちが悪くなるはずがないと、目先の現象に一喜一憂せず、いわばすべてを神に全託して悠々と生きる気持ちが、感謝の気持ちと一緒に湧いてくるはずです。これが、祈りの本質であると思うのです。
 ところが、「神様、ありがとうございます」と唱えるのは大切なのですが、それを繰り返していると、しだいに心が伴わず、ただ口先だけ「神様、ありがとうございます」と唱えているだけになりやすいのです。言葉と気持ちが分離してしまうわけです。ここが大きな落とし穴になります。全然ありがたいとは思っていないのに、言葉だけそう唱えてしまうわけです。そして、そのことに気づかず、「神様、ありがとうございます」と唱えているために、自分は神に感謝しているのだという錯覚をしてしまうことが多いのです。
 これでは、本当に祈っているとはいえません。感謝の気持ちが本当にそこに存在しなければ、それは祈りとはいえないのです。
 したがって、心が伴わない言葉を唱えることには意味がありません。「神様、ありがとうございます」という言葉を唱えずに、感謝の気持ちを向けることが大切なのです。ところが、実際にやってみるとわかると思うのですが、言葉を浮かべずに何かを考えたり、感情を湧き上がらせることは、非常に難しいのです。私たちは頭の中で言葉を話しながら、何かを考えたり、特定の感情を思い浮かべたりします。しかし、いっさい言葉を消した状態で、神に対して感謝の気持ちを向けるというのは、とても難しいことがわかると思います。

 しかし、あえて、それに挑んでいただきたいのです。
 言葉がなくても感謝の気持ちを向けるように努力していって下さい。「言葉を用いなくても祈れるようになる」、これが、真の祈りのためのひとつめのポイントです。
 ただ、最初からまったく言葉がないのは難しいので、最初は「神様、ありがとうございます」と唱えて、だんだんとその言葉を少なくしながら、そうした言葉を頭の中で発声しなくても、神に対して感謝の気持ちを向けられるように努力してみてください。これはかなり根気のいる修行です。しかし、非常にパワフルな修行であるといえるのです。
 なぜなら、これがうまくいくようになると、言葉を唱えていないときでも、無意識的に神に対する感謝の気持ちで満たされるようになるからです。換言すれば、常に神の意識と自分の意識がひとつになるのです。
 そうなるための方法が、実はアジナー・チャクラ瞑想法なのです。
 アジナー・チャクラが光り輝いているイメージを浮かべるときは、「神様、ありがとうございます」という感謝と全託の気持ちで行ってください。アジナー・チャクラから輝いている光は、神の光だと思ってください(実際にそうともいえるのです)。
 その神の光がどんどん拡大して、自分のすべてがその光と同化してひとつになったイメージを浮かべ、「私は神(の意識)とひとつである。神様、ありがとうございます」と、心を込めながら何回も唱えるようにしてください。
 それを続けていくと、今度はアジナー・チャクラが光り輝いているイメージを浮かべただけで、自動的に(無意識的に)神への感謝と全託の気持ちが湧いてくるようになります。そして最終的には、アジナー・チャクラの瞑想をしていないときでも、常に神への感謝と全託の気持ちで満たされるようになってきます。つまり、意図的に祈っているわけではないのに、常に祈っている状態になってくるのです。
 この「常に祈っている状態になる」ことが、二つ目の重要なポイントなのです。なぜなら、結局それは何を意味するのかといえば、覚醒を意味するからです。
 覚醒とは、いわば神の意識を共有すること、神の意識を自分の意識にし、自分の意識を神の意識にすること、神とひとつになることだからです。
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