心の治癒と魂の覚醒

        

 意味と希望を見いだす

 心を癒すためには、いろいろと大切なことがありますが、そのなかでも「苦しみに意味を見いだす」ことは、非常に重要ではないかと思われます。
 人間は、どんなに苦しくても、それに重要な意味があると思うと、精神的に驚くほどタフになったりします。ところが、意味などまるで感じられないと、ちょっとした苦しみでもすぐに挫けてしまったりします。意味というものは、それほど精神状態に大きな影響を与えるもので、おそらく人間存在の深い部分と関係があるのかもしれません。親から虐待を受けてひどいトラウマを抱えていても、「自分が虐待を受けたことで、虐待を受けた人の気持ちに共感できる人間になれた」というように、悲惨な体験に意味を見いだすことができれば、意味を見いだせない場合よりも、ずっと楽に受けいれられるようになるものです。

 また、意味と同時に大切なものは、希望です。どんなに苦しく悲惨でも、この状態から必ず救われると明確にわかっていると、精神的に非常に強くなります。とりわけ、救われるときが確定しているようなときは、まずたいていのことに耐えられるといってもいいかもしれません。ところが、いつ苦しみから救われるのかわからない、救われるかどうかもわからない、このまま苦しみがずっと続くかもしれないと思いますと、まずどんなにタフな人でも耐えられないでしょう。
 心の病にしても肉体の病にしても、「大丈夫、必ず治りますよ」と医師からいわれて安心するだけで、症状が大幅に改善したりします。反対に絶望的なことをいわれると、予想よりもずっと病状が悪化してしまうこともあります。希望というものは、苦しみを乗り越えるためには非常に大切な要素になってくるわけです。

 しかしながら、現実には、苦しみに意味を見いだしたり、苦しみが救われる希望を見いだせることは、そういつもあるわけではありません。むしろ、少ないかもしれません。第一、もともと意味や希望というものは、あいまいなものです。意味といっても、本人が意味があると思えばあることになるし、ないと思えばないとも解釈できてしまうことが多いわけです。希望といっても、「確実」というものはほとんどないでしょう。一流大学に合格できるほど勉強ができる人が三流大学を受験すれば、ほとんど確実に合格するという希望を抱いてもいいかもしれませんが、そのような人はそもそも三流大学など受けないでしょう。人間というものは、いつもたいてい、ぎりぎりの可能性に挑みながら生きているので、確実に救われるという希望を抱くことは、結果的に少なくなってくるわけです。
 こう考えますと、やや極論になってしまいますが、意味や希望を抱いている人というのは、ある種の自分をだます行為をしているともいえるわけです。もともと意味も希望もないかもしれないのに、なんだかんだとこじつけて、それに意味や希望があるように信じ込んでいるだけなのかもしれません。
 ところが、そういってしまうと、この世の中は、ほとんどすべてがそうだといえるのではないでしょうか。正義だ、倫理だ、人道だといっても、自分たちが勝手にそう信じ込んでいるだけで、本当は正義でもなければ、倫理的でも人道的でもないかもしれないわけです。

 私は、たとえこじつけだろうと何だろうと、もし意味や希望を素直に見いだせるのであれば、そうすればいいと思います。その意味や希望が絶対に正しいか、確実かなどと詮索することには、それこそ意味がないと思うのです。なぜなら、すでに述べたように、もともと意味や希望というものは、あいまいなものだからです。
 しかし、もともとあいまいなものなので、大きな苦しみや長期の苦しみが訪れたときには、それが揺らいでしまうこともあるわけです。揺らいでしまったとき、無理に意味や希望を見いだそうとしても、おそらく心底から信じることはできないでしょう。
 そんなときは、こう考えるしかないと思うのです。すなわち、意味がないとわかったこと自体に、意味があるのだと。希望がないとわかったこと自体が、希望なのだと。
 なぜなら、結局、意味といい希望というものも、人間の主観的なエゴが作り出した幻想にすぎないわけです。究極的な意味や希望というものは、おそらく人知では計り知れないものだと思います。したがって、幻想に目覚めたということは、それだけ究極的な本当の意味や希望に近づくことができたことを示しているのではないでしょうか。結局、それが覚醒の道ではないかと思うのです。
 おそらく、覚醒した人は、意味や希望というものは、頭にはないと思います。意味や希望に支えられて生きているのではないと思うのです。逆説的ですが、人生にまったく意味を見いだせなくなり、虚無の底にまで沈み込んだとき、いっさいの希望が断たれて絶望の深淵にたたき落とされたとき、そのときこそ、本当の意味、本当の希望というものが、私たちの気づかないところで生まれているのではないかと思うのです。
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