心の治癒と魂の覚醒

        

 修行者の姿勢 1

 唐突な質問ですが、「修行」と「勉強」は、どう違うのでしょうか?
 学校では、あまり「修行」という言葉は使われません。部活で剣道や柔道のような武道を習っていても、あまり「修行している」とはいわないでしょう。勉強とは、(狭い意味では)ただ知識を学ぶというだけなのです。
 一方、「修行」という言葉は、宗教や芸事、また、一部の職業に用いられます。たとえば料理などの世界では、「修行」という言葉がよく使われるようです。普通の会社では用いられません。そのかわりとなるのは「研修」でしょう。
 では、宗教や芸事、料理の世界では、なぜ「修行」という言葉を使うかというと、その活動なり仕事が、ただ知識を得ればやっていける世界ではなく、人間性というものが伴わなければ、やっていけない世界だからではないかと思います。つまり、修行とは、知識や技能を身につけるだけではなく、人間性の向上もめざしているのです。言い方を変えると、すぐれた人間性が土台になければ、いくら知識や技能を学んでも、それらをうまく活かすことができないのだと思います。
 まして、覚醒という道は、他のどの世界よりも、ずばり人間性の中核に切り込んでいくものではないでしょうか。人間性の向上そのものを目的にしているといっても、いいのではないでしょうか。

 ひとつの世界に定年近くまでいれば、新人をちょっと見ただけで、どの程度まで進歩したり、出世するかどうか、だいたいわかるようになると思います。新人の場合は、知識も技能もみんなだいたい同じです。それなのになぜ、どのくらい進歩したり出世するかわかるかというと、仕事に対する姿勢や心構えにあるのです。仕事に対する姿勢や心構えがなっていなければ、いくら年月をかけてもダメなわけですね。

 では、どのような姿勢や心構えを持つべきなのでしょうか。それは、ある程度、その世界によって違うでしょう。たとえば、一刻一秒が勝負となる投資やマスコミや情報産業などの世界では、じっくりと物事を進めていくような姿勢ではダメでしょうし、研究者やエンジニアのような世界では、逆にじっくりとひとつひとつ確実に歩みを進めていく姿勢でなければうまくいきません。
 このように、世界によって多少の違いはあるにしても、共通している姿勢や心構えはあると思います。それはまず、真面目さや真剣さです。当たり前ですが、しかし真面目さや真剣さに欠けた人は、少なくないのです。「いい加減にすませて、てっとり早くお金をもらおう」という人が、けっこういるのです。たとえそこまでひどくはなくても、まだまだ甘いという人が多いわけです。どんな世界だろうと、これでは成功するはずがありません。

 次に大切なのは、忍耐力だと思います。これも、不足している人が多いのです。すぐに結果を求めたがり、辛いことを我慢して長くやっていられないのです。これでは、大樹にまで成長できるはずがありません。
 そしてもうひとつ、大切なのは、向上心ではないでしょうか。常に「どうしたらもっとうまくやれるだろう?」と考え、それを実践していく自主的な姿勢であり、情熱です。
 他にも大切な姿勢はあると思いますが、以上の3つはどの世界でも必要不可欠であり、このうちひとつでも欠けていたら、その世界での成功は望めないでしょう。しかし、この3つのすべてが申し分なく備わっている人は、おそらく10人のうち1人か2人くらいです。あるいは、もっと少ないかもしれません。

 しかし、真面目さ、忍耐、向上心といったものは、教えられて、どのくらい身に付くものでしょうか? もちろん、こうした資質を身につけようと努力しさえすれば、身につけられるでしょう。しかし、こうした資質を身につけること自体、真面目さ、忍耐、向上心を要求されるのです。たとえこのうちの一つだけでもあれば、何とかなるかもしれませんが、ひとつもなければ、絶望的だと思います。というより、こういう資質を身につけたいという気持ちさえ起こらないでしょう。
 つまり、真面目さ、忍耐、向上心といったものは、もともとの人間性から来るものだと思うのです。これらは、何ら特別な才能でもなく、当たり前の地味なもので、その気ならどんな人だって得られる感じがしますが、実はそうではないのです。これほど大切な資質(才能とさえいってもいいかもしれません)は、ありません。この3つさえ持っていれば、特別な才能など何もなくても、そこそこ成功するはずです。

 覚醒の修行も同じだと思います。ひたすら、真面目・忍耐・向上心の3つで進むことです。もし、このなかで弱いものがあると思ったら、その部分を伸ばしていきながら進むことです。
「私にはこれら3つのすべてがない!」と思われた方はおられるでしょうか?
 断言してもいいですが、これら3つの資質がすべて薄弱だという人は、こうしてこのようなブログなど読んではいません。覚醒の道には、真面目さ・忍耐・向上心というバイブレーションが、花の香りのように放たれています。そんな覚醒の道に引き寄せられ、こうしてこのブログを読んでおられるということは、それだけで、少なくても覚醒の道を歩むために必要な最低限の資質はすでに持っているということです。換言すれば、私たちは必要最低限の人間性は、すでに確立しているのです。自惚れてはいけないと思いますが、しかしこれは事実だと思うのです。
 あとは、努力によって、さらにこの資質を強化すべく、がんばっていくだけです。
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