心の治癒と魂の覚醒

        

 無理はしない

 ここまで「修行の時間を作る」、「怠け心を克服する」という2つのテーマで書きました。やはり修行というのは、このくらいの厳しさは覚悟しなければならないと思うのです。
 しかし同時に、「無理はしない」ということも、大切だと思うのです。
 確か、極真空手の創始者大山倍達だったと記憶していますが(むかしのことなのではっきりと思い出せず、もしかしたら違うかもしれません)、彼は次のような意味のことを言っていました。
「毎日腕立て伏せ百回すると決めたら、どんなに体調が悪かろうと、どんな理由があろうと、絶対にやり抜くのが求道者というものだ」
 この言葉を聞いて、さすがに気合いが入っているなあと感心してしまいました。
 武道であれば、このくらいの根性は必要かもしれません。しかし覚醒の修行は、またちょっと違うと思うのです。もちろん、この意気込みと情熱は見習うべきだと思いますが、覚醒のような宗教的な道は、「ど根性一筋」で直線的に進むことは好ましくないようなのです。比喩的にいえば、覚醒の道は「直線的」に進むのではなく、「曲線的」に進むべきなのです。空手はその動きからして直線的です。その点、太極拳は曲線的な動きをします。発想としては、太極拳のような感じで覚醒の修行を行った方がよろしいのです。

 曲線的という意味は、無理をせず、柔軟かつ臨機応変にやるということです。「決めた以上は何がなんでもやる」というのではなく、体調が悪かったら休むのです。体調が悪いのに修行をしても効率は悪いですし、場合によっては心身にダメージを与えかねません。そうなると、目的と手段をはき違えたことになります。修行は覚醒のためにするわけで、修行のために修行するのではありません。覚醒の妨げになるような場合は、修行をしないのが本来の目的に叶っているわけです。
 ただし、念のために申し上げますが、こうしたことを怠け心の言い訳にしてはいけません。冷静に合理的に考えて判断しなければなりません。
 さて、人間の心とからだは、機械ではないのですから、その日によってコンディションが違うのが自然です。ですから、そのときのコンディションによって修行の内容も柔軟に変更していくことが合理的であり、正しい修行のやり方なのです。「決めた以上はやる」という姿勢は、根性と体力があれば簡単にできることです。一方、正しく繊細に体調を把握し、合理的かつ臨機応変に修行の内容をコントロールしていく覚醒の修行は、もっと難しいのです。
 風邪気味なのに、「決めたからにはやる」といって修行をした結果、風邪が重くなって何日も寝込んで修行ができなくなったら、長期的には修行のマイナスです。風邪気味だと思ったら、修行をせずに寝るという判断をし、その通り実行できる人こそが、真の求道者だと思うのです。修行への情熱は大切ですが、修行そのものにとらわれてもいけないのです。
 また、ときには修行をせずに遊びに出かけることも必要だと思うのです。というのは、何事も連続してやっていると、柔軟性が失われたり視野が狭窄してしまうからです。ときには修行から心身を解放することで、より修行が進むようになるのです。表現を変えれば、ゆとりが必要だということです。

 覚醒への道は、長い長い旅路であり、長距離マラソンを走るようなものです。ただ幸いなことに、タイムを競うようなことはありません(寿命の問題はいくぶんありますが)。どんなに遅くても、とにかく走り続けていれば、ゴールか、それに近いところまではたどりつくことができ、誰もが覚醒というメダルを手にすることができるのです。
 ですから、とにかく走り続けることを目標にしましょう。そのためには、早く走りすぎて息切れを起こしたり、あわててころんで足を怪我しないように、無理せず、柔軟な姿勢で走ることが大切だと思うのです。

 
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コメント

こんばんは、斉藤先生。
ゆっくり、のんびりと走り続けております。

スシュムナー管の浄化を始めてから、少し意識の透明度が増してきたような感じです。
吸う8 止める32 吐く16 の割合は呼吸を長くすることにこだわらず、呼吸を「細かく」することで可能になりました。集中度が増せば自然に長く、深くなっていくので問題ありません。
次にバンダの締め付けですが、アーサナの中にいくつかバンダをロックするものがあったので、それがいい練習になりました。
アーサナは種類を多く、浅くつまりバランス重視でうっすらと汗をかく程度にしています。その後スシュムナー管の浄化をして、本瞑想に入るようにしています。 

今後の課題も見えてきました。結跏趺坐が組めず、足裏合わせのあぐらのため、足が痺れることです。
いろいろ工夫するのが楽しいです。こつこつと改善していきます。
2010-12-06 Mon 21:46 | URL | ワタナベ [ 編集 ]
こんばんは、斉藤先生。
ゆっくり、のんびりと走り続けております。

アーサナ数種をやり、うっすらと汗をかいたところで、スシュムナー管の浄化を行い、本瞑想に入るカリキュラムを組んでいます。やや、意識の透明度が増してきた気がします。

ここまでで気づいたことですが、呼吸法は無理に長くするのではなく、割合に合わせて「細かく」することが秘訣ですね。集中度が増せば自然と長く、深くなっていきます。

ウディヤナバンダがしっかりロックされているかどうか少し不安です。

結跏趺坐が組めず、足裏合わせのあぐらのため、足が痺れるのが早い気がします。

まだまだ改善の余地ありです。
2010-12-06 Mon 21:59 | URL | ワタナベ [ 編集 ]
斉藤啓一です。コメント、ありがとうございました。
努力しておられるご様子、なによりです。やはり実践が一番です。実践する過程でいろいろな問題が出てきますが、それをひとつひとつ解決していくたびに、向上していくわけですね。
ただし、一歩一歩ゆっくりです。とくに呼吸法は決して先を急いではいけません。
がんばってください。
2010-12-07 Tue 19:24 | URL | [ 編集 ]

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