心の治癒と魂の覚醒

        

 瞑想法 その1

 前回述べたように、覚醒するためにはまず、制感と凝念、すなわち、意識を内面に向けて精神集中の力を養う修行が必要と考えられています。
 ヨーガ教典によれば、意識を内面に向けるには、チャクラ(アナハタチャクラとおそらくはアジナーチャクラ)から放っている音に意識を向ける行法が紹介されています。この音は「ナーダ」と呼ばれ、この瞑想法を「ナーダ音瞑想」としています。
 また、精神集中の力を養うには、どんなことも自分の好きなものを思い浮かべてそれに意識を向ければいいと説かれています。初心者は形のイメージしやすい具体的なもの(たとえば花のような)がいいとされていますが、しだいに「神」や「愛」といった抽象的で崇高なものを精神集中の対象とするのがいいと言われています。
 こうしたことをふまえた上で、私がいろいろ試行錯誤を重ねた末に行っている瞑想法を、次にご紹介したいと思います。この方法で行えば、けっこう効率的に瞑想ができるような気がします。もちろん、今後も工夫を重ねて変えていくこともあると思いますし、私が行って効果のあるやり方が、皆さんに効果があるとは限りません。ですから、あくまでも参考にして、自分なりのやり方を工夫していっていただきたいと思います。しかしその前に、とりあえず私のやり方をしばらく試してみて下さい。

 まず、自分の好む坐法で座ります。ちなみに、私はたいてい「達人坐」で座っています。
 守護の神霊に修行成就を祈願してから、両手で耳をふさぎます。すると、心臓のゴロゴロという音や、その他、さまざまな音が聞こえてくるはずですが、注意して耳を傾けていますと、「キーン」というか「シーン」というか、金属的で非常に繊細な音も響いていることに気づいてきます。その音がチャクラから発しているとされるナーダ音です。最初はこの音が聞こえないかもしれませんが、練習を繰り返していると、そのうちこの音が聞こえるようになります。
 そうして、この音にひたすら意識を集中します。
 しかし、5分もしないうちに耳をふさいでいる腕が疲れてくるので、疲れたら腕をおろし、膝の上に乗せて瞑想の姿勢をとります。たいてい、一度ナーダ音をとらえることができれば、あとは耳をふさがなくても聞こえるようになりますので、そのままナーダ音に意識を集中します。ただし、この行法は周囲が静かであることが条件です。騒音がありますと、とてもナーダ音を聞くことができません。静かな時間と場所で行うようにして下さい。

 さて、このナーダ音瞑想をしながら、頭のなかで「おしゃべり」をしないように努力してみて下さい。このブログを読んでおられる大半の方は日本人だと思いますので、日本語を頭のなかで話さないようにするのです。これは、雑念の温床となっている左脳の働きを抑制するためです。雑念は出てもけっこうです。しかし頭のなかで言葉を話さないようにするのです。私たちはいつのまにか、頭のなかで日本語を使っていろいろなことを考えたり思ったりしています。それが精神集中を妨げる大きな障害になっているのです。そこで、ナーダ音に意識を集中すると同時に、頭のなかのおしゃべりを止めるように努力してみて下さい。おしゃべりしていることに気づいたらすぐにストップします。そうすると、さらに意識が内面に深く向けられ集中力が高まるのを実感できるはずです。
(続く)
 
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コメント

こんばんは、斉藤先生。
先程寝入りばなにクンダリニーの二度目の発動があったので報告します。

就寝前の瞑想で「今日は神様を受け入れよう」と覚悟していたので「何か起きそうだな」という予感がありました。

今回は割と静かに始まりました。前回と違う色の白色光が尾てい骨を起点に左右にゆらゆらしながら、肩のあたりまで登ってきました。傷みというほどのことではありませんが、メリメリ、ミリミリという感じの強い圧迫感がありました。

おそらくまた近くで指導霊のかたが調節してくれているんだな、と感じて「神様ありがとうございます」と心の中で唱えた頃、「今日はこのぐらいにしたほうがいいかな」と思い、体勢を変えようとすると、フッと光と圧迫感は消えてしまいました。

この光が頭頂部まで達したら、仙道のように気を頭頂部のツボから逃がしたほうがいいんでしょうか?
2011-01-06 Thu 00:50 | URL | ワタナベ [ 編集 ]
斉藤啓一です。コメント、ありがとうございました。
私の推測では、このような現象を通して、スシュムナーの汚れを浄化しているのではないかと思います。
「この光が頭頂部まで達したら、仙道のように気を頭頂部のツボから逃がしたほうがいいんでしょうか?」
というご質問ですが、残念ながら私はグルではないので、確かなことは申し上げることができません。
なので、参考として聞いていただきたいのですが、私は神(指導霊)に全託して、完全に受け身となり、自分自身を完全に神様にゆだねてしまうのがいいのではないかと思います。
「神様の御心のままになさしめたまえ」と祈りを捧げ、すべてをお任せしてはどうでしょうか。
そしてできれば、「もしこれで死ぬようなことがあっても、それも本望です」とまで祈ることができれば最高だと思います。
難しいかもしれませんが、考えてみてください。
今後の展開の健闘を祈ります。

2011-01-06 Thu 11:14 | URL | 斉藤啓一 [ 編集 ]
そうですね、神様にゆだねましょう。今はあまり焦燥感はなく、ゆったりとなりゆきに任せているので、いい結果が出ることを期待します。
2011-01-06 Thu 16:48 | URL | ワタナベ [ 編集 ]

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